大河ドラマ「篤姫」レビュー11~第31話~

井伊大老の「安政の大獄」は峻烈を極め、その矛先は「篤姫」の養父左大臣近衛忠凞の身辺や近衛家老女村岡にまで及んでいた。

篤姫は「上様にお願いしてみる」と言うが滝山に「天璋院様が動かれては逆に井伊の思う壺」と自重を求められる。
幾島は「そなたたちが推した大老ではないか!!」と嫌味を言うと滝山は「それにつきましては私も後悔をしているのです」と、その苦しい胸中を告げ、「ともかく、今は隠忍自重が肝要」と篤姫と幾島をなだめる。

将軍家茂もまた、井伊の職権乱用を「何を考えているのかわからない」と篤姫に愚痴る。井伊に問い質すも「上様はまだお若いゆえ、よくお分かりになら無いでしょうが、これも正しき御正道の為」と言い包められてしまう。
そんな家茂を温かく励ます篤姫。それを頼もしく思うも何処か寂しげな幾島。

やがて江戸に収監された村岡、それをどうにか救いたいと考える篤姫は在る一計を案じて、幾島にそれを託す。
詮議の日、詮議の場に現れた村岡は純白の衣装にその身を包んでいた。
それは篤姫と家定との婚儀の折、村岡が篤姫に贈り、篤姫が袖を通した「打ち着」であった。
「着替えろ!!」と言う役人に対し「これは大御台様がご婚礼の際に着られし内着、その言葉はすなわち徳川将軍家を愚弄するようなものである」と啖呵を切る村岡。役人は後の禍根を恐れたじたじとなり、村岡は無事釈放された。

そして、その純白の「内着」は無事篤姫の元に戻る。
幾島は「大御台様には今私が何を考えて居るか、お分かりになりますか?」と篤姫に問う。
篤姫はその言葉の意味をすぐ理解するが、あえて理由を問う。
幾島は答えて「ひとつには慶喜様御擁立と言う主命を受けながらそれを果たせなかった事」「今ひとつは・・・先日の滝山殿の言葉のように、島津家や近衛家と深く関わった自分のようなものが何時までも大御台様のおそばに居ては大御台様や上様のお為になりませぬ」と告げる。「それに、もう私には大御台様にお教えする事は何もございません」と言う。
篤姫に仕えてからの様々な出来事が二人の脳裏を掠めていく。
いつもけんかばかりしていた薩摩時代、上洛の為乗った船で体調を崩した姫を寝ずの番で看病した夜。
何もかもやり方の異なる島津の江戸屋敷での事。そして大奥へ入ってからの怒涛のような日々・・・
篤姫は「内着」を幾島に贈り「これはそなたが大事に持っていてくれ」と頼む。
幾島は「大御台さまには、江戸に上がりし折、殿から{何時か折を見て姫に渡してくれ}と託されたこれをお渡しいたします」と一幅の掛け軸を篤姫に見せる。
それは威風堂々と煙をたなびかせる桜島を配した薩摩の風景が書かれた掛け軸であった。

別れの日、「もう少し日延べは出来ぬのか?」と問う篤姫に「何時まで居ても名残は付きませぬ。」と幾島。
「私はそなたが嫌いであった」、「はい、よ~く承知しております」涙を流しながら見つめあう二人。
時には親子の様でもあり、姉妹の様でもあり、子弟の様でもあったこの主従は古代中国に言う「水魚の交わり」のような間柄であったのだろう、と思う。もしかしたらそれは実の親子や姉妹よりも固い絆だったのかも知れない。

そして、幾島から後を託された老女「重野」・・・「私の扱いは面倒じゃぞ」「はい、充分心得ておりまする」
「そうじゃな、何時までも泣いている時ではなのじゃな」と明日を見つめる篤姫であった。



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