「風林火山」6月30日、7月7日再放送分

「風林火山」2週分の感想・・・

いよいよ独裁者然としてきた武田晴信(目が怖いです)・・・かつてその独裁を嫌って自身が放逐した筈の父「信虎」に段々近づいているようです。「血は争えない」と言う事でしょうか?
家臣団も譜代保守派と若手過激派に分かれてきた模様・・・更には家督を巡って家中は分断の気配ですか?その中でいずれの派閥にも属さず主君と「水魚の交わり」だった筈の勘助の献策にも耳を貸さなくなった晴信さん・・さあ勘助はどうする?

そして「侵略者許さじ」「将軍、守護にあやなす者許さじ」と立ち上がる長尾景虎(かっこいいです。ガクト!!)
いよいよ直接対決も近づいてきたようです。

独裁者は孤独です。これはどの時代、どの国でも共通のようで、中国秦の「始皇帝」をはじめとして武力や智謀で最高権力を手に入れたものはその自信(過信)と「いずれは誰かにこの権力を奪われるのではないか?」と言う猜疑心の為に、それまで尽くしてきた「創業の功臣」達を次々と粛清し、或いは貶め、結局は自ら「孤独」になって行く。

我が国では「平清盛」(他氏族を排他し、一族で政治を壟断」
「足利尊氏」(室町初代将軍もその地位に着くや功臣高師直、実弟足利直義等を粛清)
などの例がありますね。
信玄没後の天下人「織田信長」「豊臣秀吉」もその最期は「独裁者の孤独」を良く表しているように思います。日本の場合「独裁政権」はえてして「短命政権」に終わっているものが多いようです。
それらを反面教師として「徳川家康」はその家臣団の献策や言い分を良く聴いていたようです。「十五代、270年」の長期政権の礎はそんなところにあるのかもしれません。
家康は「織田、豊臣」に臣従しながらも、その政の手本は武田信玄が定めた「甲州法度」と「武田軍法」だったそうで、そうしてみると信玄(晴信)は自身や自家の栄達と保身だけの「独裁者」とは一線を画すのでしょうか?

今後の「風林火山」では対立勢力との戦いの中で、勘助他家臣達と晴信との確執~如何に調和させて行くか・・・というところで、甘利虎康と板垣信方が焦点のようです。果たして両重臣は晴信の心を変えられるのか!!その時、勘助は!?

ところで、山本勘助は「武田信玄の軍師」と言われていますが、この作品を見ている限りでは{主君への献策}(作戦立案)と言うよりは、「秘密工作員」(敵方武将への調略、誘降、或いは情報攪乱、間者的活動)などの敵方後方攪乱任務が多いですね。

蜀の「諸葛孔明」、呉の「周愉」や秀吉に仕えた「竹中半兵衛」などの名軍師たちのスマートさ(潔さ、とでも言いますか・・・)が好きな私にとっては、勘助の「生き様」って、ちょっと違うかな、と思うのですが・・・(もっとも「三顧の礼」でやっと動く気になった孔明や半兵衛も「曲者」と言えば曲者ですがね。)


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