「風林火山」

今年のNHK大河ドラマは「風林火山」・・・
戦国武田家の兵法を記録した「甲陽軍鑑」に出て来る武田信玄の側近、所謂武田二十四将のひとりにして軍師「山本勘助」の生涯を綴る。

軍師と言うと先ず思い浮かべるのは中国、後漢末から晋による統一までの動乱の時代を描いた「三国志」の中の三軍師、魏の司馬仲達、呉の周愉、そして蜀漢の諸葛孔明の3人だ。
夢半ばにして病に倒れた周愉、最後まで孔明の影に悩まされ続けた司馬仲達、頼りない2代目皇帝に愛想を尽かすことなく、先帝の恩に報いて最後の戦いに赴いた諸葛孔明、「出師の表」は名文である。(さださんの「三国志英雄伝」がなつかし~ね)

日本の戦国時代、となると有名なのは羽柴秀吉に仕えた、竹中半兵衛、黒田官兵衛で当時「羽柴の両兵衛」と世間から呼ばれた。

周愉、司馬仲達、諸葛孔明、竹中半兵衛、これらの軍師には「己が頂点に立つ」と言った野望は余り感じられず、只ひたすら己が「この方なら自分の命をも捧げる」と思った主君に仕え、自軍がどうすれば勝てるか、どの方向に行けば良い結果が得られるかを考えていたように思われる。(まあ、小説などからの情報なのであくまでもその読書感想であるが・・・)、これらの人々は戦に対しての作戦の立て方や兵の使い方を、まるで芸術家が作品を練るかのように細やかに、鮮やかにこなしている。
言い方は良くないかも知れないが、「作戦立案」こそが彼らの「芸術」であったのかも知れない。周愉、孔明、半兵衛が事半ばにして病に倒れるなんてのも、単なる偶然にしても悲劇的、ドラマ的である。

黒田官兵衛はちょっと違う。自分の「才を天下に示したい」と言う野望が強く、それが後天下を握った秀吉に疎まれ、遠ざけられる原因にもなっている。
「関が原の戦い」での中央の混乱にまぎれて九州をほぼ征圧し天下を望んだが、家康があっさり西軍を破った為徳川の軍門に下らざるを得なかった。

さて、山本勘助・・・少し前まで実在すら疑われた史上謎多き人物。
戦国三英傑登場以前、戦国の主人公の一人だった武田信玄の「影」を支えた足軽大将。
彼が諸国流浪による武者修行で得たものとは?

放送3回を見終えての感想は、「ただただ、汚い」と言う感じ、先に記した名軍師たちの何処か垢抜けてスマートで、浮世離れしたイメージとは全然真逆な、脂ぎった野望と度重なる挫折との間で今を生きる泥臭い、餓鬼の様に生への執着を見せる生身の人間として描かれているようだ。
これから信玄との縁が、そして後世「武田の名軍師」と呼ばれた数々の武功が語られていくのだろう。・・・私は殆どその歴史を知らない人物だけに、今後の物語を見守りたい。

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