若葉は限りなく生まれ続けて~五月(May,song)

明日から5月、ゴールデンウィーク、晴れればもう20度以上になるから春から初夏へ季節は確実に移ろい行く。

ついこの間まで花をつけていた桜などの木々にも、若葉が青々と芽生えてまさに新緑。
風薫る5月、少しばかり暑くても爽やかで、一年の中でも一番良い季節かもしれない。
繰り返す季節の中で生命の息吹を感じる5月、風光り、水温む、緑輝き、天高き青空。

昔、ふきのとう、と言うフォークデュオが居た。山木康世さん、細坪基佳さんのふたりが大学のフォークサークルで先輩、後輩として出会い、1974年に「白い冬」でデビュー、このデビュー曲がヒットし一躍フォーク、ニューミュージック界に確固たる地位を築いた。

主にリードボーカルだった細坪さんは、後にさださんが「日本三大良い声」の一人に上げるほどボウイズソプラノのとても美しく澄み切った声が印象的だった。(ちなみにあとの2人は小田和正さん、松山千春さん)
山木さんは主に作詞、作曲とコーラスを担当していたが、朴訥とした素朴な味わい或る声と素朴な優しい言葉で誰もが体験、経験しそうな身近な出来事を詩に表し、曲も優しくフォークの原点が其処にあった。

代表曲「白い冬」「南風の頃」「春雷」「やさしさとして思い出として」「12月の雨」「昨日故郷へ帰る夢を見た」・・それと海援隊の「思えば遠くへ来たもんだ」は武田さんの詩に山木さんが曲を付けた作品である。

何度か行ったコンサートでは細坪さんが主に唄としゃべり担当だったが、時折話す山木さんはぶっきら棒だけれどシャイで優しい田舎のお兄さんと言う感じだった。
ともかく「ふきのとう」のコンサートは心が温かく、優しくなれるコンサートだった。

’70年代フォークのグループがニューミュージックと呼ばれるようになって、だんだんロック化してゆく時流の中でアコースティックギターとブルースハープと言う基本を崩す事のなかった数少ないフォークデュオは、1984年10周年記念「日比谷野外音楽堂コンサート」、1987年武道館コンサート、1989年にはさださんの「夏、長崎から」に参加、15周年記念、東京厚生年金会館5夜連続コンサートを成功させ、この時、山木さんがギター一本でさださんの「案山子」を唄う。

1992年5月惜しまれつつ18年の活動に終止符を打ち解散、解散コンサートには元亀山社中の坂元昭二さんもギターで参加されている。このコンサートのビデオではリハーサルの休憩中に「北の国から」を弾く坂元さんと山木さんが映っている。

現在、山木さんは主にライブハウスを中心にソロコンサートを続けている。2年ほど前に一度都内のライブハウスで山木さんのコンサートを聴く機会があったが、素朴で朴訥なイメージは変わっていないがトークはずいぶんおもしろくなって、唄もとても良かった。相変わらず優しい気持ちに慣れるコンサートだった。
細坪さんはソロコンサートの傍ら、元ハイファイの山本潤子さん、元オフコースの鈴木康弘さんと「ソングフォーメモリーズ」と言うユニットで懐かしいフォークソングを唄うコンサートを行っている。

そのふきのとうに「5月~Maysong~」と言う唄がある。ふきのとうの歌の中でもとても好きな歌のひとつだ。その昔、高校時代の部活の後輩の女の子を誘ってふきのとうのコンサートに行った。そのコンサートでこの曲を唄ってくれたふきのとう、5月生まれだった彼女には最高のプレゼントだった。「まるで私のために歌ってくれたみたい」と嬉しそうに笑った彼女の顔を今でも覚えてる。


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