「夏の思い出」~バイト編~

今日の朝はとんでもない事件(事故)のニュースで目が覚めた。
東京、千葉、神奈川の同時停電・・・
朝7:30過ぎから約3時間半に渡っての広域停電は、図らずもハイテク都市の弱点を露呈した。

先日、イギリスでのテロ未遂事件があったばかり、もしや電力供給会社のメインコンピュータを狙ってのハッキング、最悪はサイバーテロかと思った方も多かったに違いない。私もその一人。結局は江戸川を航行中のクレーン船の作業確認ミスによって江戸川を横切っている高圧電線をクレーンの先端で破損させてしまったのが原因と判明したようだ。が、それで3時間以上も停電し、都市機能が麻痺してしまうと言うのはやはり危機管理面の問題もあるのだろう。

「危機管理」・・・今多方面でこの箍が緩んでいるような気がする。


さて、話はすっかり変わって・・・

私の夏の思い出第2弾は「バイト編」である。

高2の夏、前半は部活も無かったので中学の友人に誘われ、中学時代の友人4人でバイトをすることになった。友人たちはそれぞれ、新しいギターの購入資金や夏の旅行資金作り、私は8月中旬に予定の部活の夏合宿の資金と新しいギターを購入する為の資金の不足に当てるつもりのバイトだった。

バイト先は友人のお母さんがパートリーダーとして務めていた精密電子部品製造会社、主な仕事は製造ラインで造られて来る製品の箱詰め、梱包と協力会社から送られてくる部品の荷卸し、箱詰めした製品を客先へ送る為のトラック積みなど・・・

主な取り扱い製品は当時やっと庶民にも手が届くようになったテレビ用ビデオに使用するカセットビデオのリールと呼ばれるテープを巻いてある部分である。
今でこそビデオと言えばVHSを指すが当初はβ方式と言うVHSよりもふた周りくらい小さなものと2方式有り、製造ラインは混入を防ぐ為に個別のラインで製造していた。

また、会社の別棟では自動車のメーターや関連部品を製造していた。此処は本当に精密なものを取り扱っていたのでバイトの出番は無かったけど・・・

勤務は朝8:30~夕方5:30まで、当時は週休2日なんて無かったから月~土までみっちり、時給は¥360円、冬の某スーパーが¥320~¥340だったからかなり良い方だった。ちなみに当時はラーメン一杯¥350~¥400位だったか。学校近くの定食屋さんでは¥400あればタヌキうどんとカレーライスが食べられたから、学生に優しいお店だったんだな。あっ先生達にも・・・

夏のバイト、等と言うとその後にドロップアウトしちゃう生徒なんかもいたので父兄や学校側は禁止していたが、私たちは何せ友人の母親の紹介だし、回りも友人のお母さんの友だちのおば様ばかり、挙句正社員の一人が中学の先輩だったりで、結局父兄監視の元のバイトと言う感じで、悪さなど仮にしたくても出来る筈は無く、私の親も他の友人の親も学校側も「それなら安心」と承認してくれた。

会社側も時間を守って、やる事さえやってれば誰も何も言わなかったし、ほぼ一日立ちっ放しの仕事だったけど、冬の「某スーパー」でのバイトよりは伸び伸び出来た感じだった。

私がこの会社でバイトをしたのは凡そ3週間ほどだった。
ただ、この会社で仕事をした事で、日本の電気機器や自動車など海外でも高い評価を得ている基幹産業を支えているのが、誰もが知っている大企業などではなくこうした名も無い小さな会社達なのだ。と言う事を知る事ができたのは大きな経験だった。

実は後に縁あってこの会社に正社員として就職し、その後約20年を過ごす事になる。
その間、様々な仕事、(品質管理、生産管理、営業、)をし、管理責任者までやった。
会社もピーク時には全体で200名を超えるまでになった。
苦しかった事もあるが、難問を成し遂げた後の達成感もあった。
今は全て、良い想い出、良い経験であった。




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