遠い祭り

11月になった。
寒さもだんだん強くなる。今日は良い天気だった。もうすぐ晴れた朝なら荒川河川敷からでも富士が良く見えるようになる。そうなればもう冬は間近だ。

最近は進学、就職、の関係か、体育祭も文化祭も9月に行ってしまう学校が多いようだが、私の学生時代には体育祭は10月、文化祭は11月に行っていた。個人的にはこちらの方が風情があってよい、夏休みが終わったばかりの残暑厳しい中での体育祭はかなりハードではないか?と思うのだが・・・・

私は中学、高校の6年間、演劇部に所属していた。だからこの時期は丁度文化祭へ向けて練習のラストスパートだった。もう今頃は台本なしで繰り返しランスルーを行っていないと間に合わない。

一番大変だったのは人数集めである。公立の平凡な学校で演劇部なんて校内では弱小中の弱小で中学も高校も大体10人前後でやり繰りしていた。いきおい演じる芝居も大掛かりなものは出来ない。一番少ない時は高校の新入生歓迎会で3人だけの芝居(萩大名と言う狂言)をやった。
ただ文化祭は演劇部の晴れ舞台であるのでやはり大掛かりなものをやりたい、で、どうするかと言うと演者以外の照明や音響のスタッフを部員以外から調達するのだ。

良く高校野球の地方大会で出場人数が不足している所がサッカー部や陸上部に部員を補填してもらって出場するケースがあるが、それと同じように部員の友人関係やらなにやら伝を辿って協力を頼む、大体は「暇なら遊びに来ない?」などと誘って後はお菓子や練習後の「マクドナルド」を餌につるのであるがこれでよく5人ほどはスタッフになってくれた。

いろいろやった。中学も高校も顧問が民話好きだった為、「六地蔵」とか「夕鶴」が定番だったが後輩が「たまには現代劇をやりたい」と言ったので「コモンセンス」とか言うシュールレアリズム?な良くわからないものもやった。後はシェークスピア「ベニスの商人」「真夏の夜の夢」などなど・・・

部員の誰もプロになろうなんて思わなかった。ただ、学生時代にひとつ思い出を作りたい、この仲間達と何かをしたい。たぶんみんなそんな思いだった。
練習が嫌だと思ったこと、無いではないが、やり遂げた後の充実感とほんの少しばかりの寂しさと顧問がおごってくれたラーメンの味が忘れられずに、また明日も練習しようと言う気になった。
たぶん一番自分が輝いていた時・・・

後夜祭、お決まりのフォークダンス年に一度だけ、あの子の手に触れられたあの時、まるで七夕だなこりゃ、祭りの後は何故か寂しい・・・

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