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zoom RSS 8月15日

<<   作成日時 : 2011/08/15 22:05   >>

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「終戦の日」・・・・

その日の朝、ラジオでは数回にわたり、「本日、正午より天皇陛下からの大事なお言葉があるので、必ず放送を聴くように」と言う予告放送をしていた。

詳しい戦局を正しく聴かされていない一般市民たちの殆どは「いよいよ本土決戦の為の励ましのお言葉か・・・」と。本気で思っていたそうだ。

一部の事情通や軍部、政府の上層部とそこにつながりのある人間と言うごく少数の人々だけが「終戦の詔」だと言う事実を把握していた。

天皇陛下でさえも本当の意味での「大戦における日本軍の圧倒的不利」な状況は正しく伝えられず、軍上層部は「本土決戦に持ち込めば勝てる」と言う「神風神話」を信じ、あくまでも戦争続行を上申していた。

しかし、8月9日の「御前会議」のなかで「長崎に新型爆弾投下される」と言う情報がもたらせれられたことにより、8月14日、天皇の勅裁にて、「ポツダム宣言受託、全面降伏」が正式に決定された。

陛下はご自身の言葉によって全国民に対し「戦争の終結と国民の一致団結による荒廃した日本の復興」を呼びかけようと、のちに玉音放送と呼ばれる「終戦の詔」の発布を御決断された。

NHKにて録音された「原盤」を奪い、玉音の放送を妨害しようとした一部の戦争推進派と政府、外務省との密かな暗闘があったとも聞くこの「玉音放送」は8月15日正午、全国民に向けて無事放送された。

一般市民たちの多くは陛下の使われる難しいお言葉が理解できず、「耐えがたきを耐えて本土決戦に備えろってことか?」と思ったが、陛下のお言葉を正しく理解している人たちから「そうではなくて、戦争は負けた。と言われたのだ」と教えてもらった、と言う事だ。また、陛下の本放送の後アナウンサーからの解説もあったので、殆どの人はそれで「敗戦」を理解したらしい。

同日早朝、陸軍本部の中庭などから宮城を仰ぎ見るように幾人かの陸軍将校が自害された。

また、九州の特攻隊基地からは「特攻作戦」を推進してきた海軍軍令部の将校が「最後の特攻」へ飛び立った。

その日の朝まで鳴り響いていた「空襲警報」は正午を境にぴったりと止み、人々は真夏の青空と入道雲を見上げ、降りしきるような蝉時雨を聴いた。

その夜、数年ぶりに「灯火管制」から解放された家々に、やっと密やかな「平和の灯」が灯った。

「涙の出るほど、眩しい灯だった。」と、父や母から聴いた。

その後、しばらくの間、大陸や太平洋諸島ではまだまだ戦闘状態は続いいていたが、20年9月2日、日本政府の代表がアメリカ戦艦上で連合国への「降伏文書」へ調印したことにより、太平洋戦争は全面終結。
連合国ではこの日を以て「終戦記念日」「戦勝記念日」としている国が多いようだ。

66年前の夏・・・確かに「戦い」はあった。

310万の戦争犠牲者の「御霊」に・・・・合掌

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