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zoom RSS アルバム「Sada City」 私的ライナーノーツ

<<   作成日時 : 2011/07/30 23:20   >>

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「Sada City」に寄せて・・・・

グレープ時代から、さださんの描く詩の世界には、「日本」の何処かに実存する街なのか、或いは外国の何処かにある街なのか、何とも不思議な世界観を持つ「街」や「風景」が存在した。

バイオリン弾きが演奏している居酒屋や似顔絵描きの友達や、魔法使いの弟子の親子が仲睦まじく暮らしていたり、「パンプキンパイ」が売りのコーヒーベーカリーは今も学生たちの人気スポットだったり、学生街と駅を結ぶ「62番」のバスが走り、或いは「雪の朝」に表通りを荷馬車が通り過ぎたり、「思い出」を売っているかもしれない市場があったり・・・

誰が言い出したかは判らないが、何時しか、このさださんの心の中にある街は「まさしんぐタウン」と名づけられた。

その後もこの街は時折ふとさださんの唄に登場し、少しづつ発展を遂げてきた。

そしてこの度の「東日本大震災」を受けて、「まさしんぐタウン」も、街の発展と安全保障、とりもなおさず、この街を愛する全ての住民と全ての人たちの 為に「Sada City」として新たに生まれ変わった。

「Sada City」には、いつも優しい風が吹いている。気の良い仲間たちが集い、穏やかに、明るく、元気に、暮らしている。

「喜び」、「怒り」、「哀しみ」、「苦しみ」、それぞれが色々な荷物を抱えながらも、「今日」を楽しく生きている。
「未来の幸せ」と「過去の想い出」の狭間でもがきながらも、一所懸命に、生きている。

そして、この街には、笑顔と音楽が、絶えることはない。

私も、そんな街の住民たちの、仲間達と、一緒に、ずっと暮らして行きたいと、そう思う。


1、「桜の樹の下で」・・・「SadaCity」の中央広場、街のシンボルとして一際高く、そしてひときわ大きく枝を広げた桜の樹がある。この街の祝祭日には気の良い仲間たちがそれぞれ楽器を持ち寄っては、日がな一日フリーライブを繰り広げる。このテーマ曲に載せて・・・

2、「名画座の恋」・・・オードリーが出てくるあたりが「さださん」の世代なのかな、と思う。
さださんの青春時代の想い出がいっぱい詰まった曲。
同世代の方々なら、同じような思い出を持った方々も居られる事だろう。

3、「プラネタリウム」・・・プラネタリウムは小さな宇宙である。子供の頃、初めて行った「プラネタリウム」は宝石箱だった。「宇宙創成から100億年」とか言われても、「あ〜そうですか・・・」位しか言葉が出ないほどの悠久の時の流れの中では「人類」の文明なんて、きっと「あっと」言う間の出来事なのに・・・「地球」と言うこの小さな天体の中で「諍い」ばかり繰り返している「人間」なんて、きっと宇宙規模的には「ちょっとしたエラー因子」程度なんだろうな、と思う事がある。

4、「廣重寫眞館」・・・昔はどの街にも必ずあった「私の街の写真館」・・・現代はカメラもデジタル化と家庭用プリンターの高性能化で「写真屋さん」も最早「絶滅危惧種」になりつつある。
「宮参り」「七五三」「新入学」「成人式」「結婚式」「還暦」と、人生を彩るイベントには欠かすことの出来なかった「記念写真」も、今はだれもが簡単にデジカメで撮れちゃう時代。
便利になったんでしょうかね〜。何もかもがデジタルになり、古いものは切り捨てられていく。
でもさ、そもそも「デジタル化」って「電気が無制限に使用できる」が基本だったでしょ?
これから、どうなるんだろうね〜。

5、「古い時計台の唄」・・・上記の話にダブるようだが、「デジタル時計」ってのも、なんだか時間を切り捨てて行くように感じる時がある。
「電波時計」なんて、時刻的にはドンぴしゃりの「時刻」なんだろうけど、なんだろうね。この余裕のなさ感は・・・
5分くらい遅れている、或いは進んでいる、アナログで手巻きな古時計の方が人間味とかゆとりを感じるのは私だけではないだろう。

6、「図書館にて」・・・「図書館は大宇宙」と言うさださんの言葉に「目からうろこ」である。
「図書館は知恵の泉」と呼んだ人がいる。これも真理だろう。
沢山の本に囲まれた空間は、そこが「図書館」だろうが、学校の「図書室」だろうが、行きつけの駅前の「本屋」だろうが、そこが大好きな場所であることに違いはなかった。
中学、高校と「演劇」をやっていた私は「図書館」や「図書室」や「本屋」で、「シェークスピア」や「チェーホフ」や「木下順二」に出逢い、或いは「ルイスーキャロル」や「メーテルリンク」や「グリム兄弟」に出逢い、やがて、「司馬遼太郎」や「堺屋太一」に出会う事になる。一応「ギリシャ神話物語」も「古事記」も「日本書紀」も持っている。
私の「書架」(なんて大したものじゃないな、まあ本棚です)には「真夏の夜の夢」と「不思議の国のアリス」と「太閤記」と「ライトノベル」と「コミック」と「さださん関連」が、何の矛盾もなく同居している。

図書館や図書室や本屋の、あの何とも言い難い書籍の紙の匂いが好きだ。

7、「黄昏アーケード」・・・「アーケード」って言う言葉も最早「絶滅危惧種」の一つだよね。今の若い人たちなら「アーケード」って言うと「携帯ゲーム」の種類としか思わないかもしれない。
「シャッター通り」は私の住む町や近隣の街にも確実に増えている。
まあ、生鮮から惣菜、ビールや水までまとめて買えるスーパーは便利だからね。
でも、「今日は活きのいい魚が入ったよ」とか「じゃ、このトマトおまけだ、もってけ泥棒!!」とかいう人情の機微、と言うものは「便利」とか「金銭」には替えられないような気がするね。まっ無いものねだりなわけだが・・・
「Sada City」には、こうした現代日本が切り捨ててきた懐かしくて、大事なものが、密かに、でも確実に生息している。

8、「美術館」・・・どうも私は「美術的価値観」は良くわからない。よく「なんでも鑑定団」を見ているが「あの絵が数百万」とか言われても「ネームバリュー」じゃないの?などと捻くれて考えてしまう。

しかし、時折、「この絵は凄い」と思うものがある。例えば狩野派の「洛中洛外図屏風」、或いは「鳥獣戯画図」、個人的にはミレーの「晩鐘」とか「落穂ひろい」が好きだ。あと、何かよくわからんがサルバドル・ダリの描く「シュール・レア・リズム」の不安定感極まりない絵に、なぜか魅かれることがある。

このところ、さださんのアルバムジャケットを手掛けておられる「おぐらひろかず」さんの描く絵は、とても柔らくて,やさしくて、温かい。さださんの曲たちにそっと寄り添っている。

「君の笑顔で一杯の絵」・・そんな絵が、一枚でも描けたなら素敵だよね。それが生涯でただ一枚の佳作だとしても・・・

9、「強い夢は叶う」・・・もう、何も書けません。石川遼選手と、日本中のみんなへ向けた、さださんの心と思いの一杯詰まった「応援ソング」・・・

10、「泣クモヨシ笑フモヨシ 〜小サキ歌ノ小屋ヲ建テ〜」・・・さださんが10周年の時だったか・・・「40過ぎて歌ってることはないだろう」てなことを言われていたと記憶している。
3000回、30周年の時、「流石に4000回とかはないよ〜」とも仰っていた。(様な気がする)
私も、この数年は「さださんは何時までこのペースでコンサートを続けられるのだろう?」と言う漠然とした不安感と言うか、疑問と言うか、が常に頭の中にあった気がする。

それでも「音楽」をお止めになることはないだろう、とも考えていたが、それは大きな考え違いだったらしい。

さださんは40周年を迎える記念ツアーの後、「それを花道にステージを降りる」と、考えておられたようなのだ。
この曲のライナーノーツで語られた衝撃的事実!!(こう言う風に書くと、まあなんと言うワイドショー的なものになるんだろうね。)を読んだとき、そう驚いてもいない自分に驚いていたりした。多分どこかで「そうかもしれない」と思っていたからだ。

だが、先の「東日本大震災」に遭遇し、さださんをして「音楽家」にできる事、「自分が出来る事」を思い、考え、悩み、苦しみの中で見つけた結論は「歌い続ける」「歌手にしてもらい、ヒット曲まで作ってもらった恩返しは「歌」でみんなの力になること」「音楽家が出来る事は音楽である」と言う究極の原点であったのだ。

これからもさださんは「力の限り唄う」と言われた。

ならば、私たちは何処までも、何時までも、「さだまさし」と言う歌手を、音楽家を、その行き先を、聴き続け、見続けて行かなければならないだろう。

それが、私たちファンとさださんとの「絆」、で、あるからだ。


「Sada City」には、いつも優しい風が吹いている。

「喜び」も「怒り」も「哀しみ」も「苦しみ」も、すべて受け止めてくれる。安らぎの音楽と穏やかな自然と人々の懸命なくらしがある。

その中心に「Sada City 」終身名誉市長・・・「さだまさし」氏のひときわ輝く笑顔が私たちをやさしく包み込んでいる。

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