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zoom RSS さだまさしスーパーアコースティック「予感」+4/24、文京シビックホール

<<   作成日時 : 2011/04/30 02:13   >>

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シビックホールに入るとホールエントランスに続く廊下には既に開場待ちの列が階段の下の階まで伸びておりました。

開場は16:30・・・

ホール内部の壁や座席は茶系のシックな色使いで壁の上方や天井はクリームホワイトで明るくなっており、落ち着いて見られる感じでした。

客席は2層バルコニー式で2階席の左右両端は舞台方向に緩やかな傾斜で降りてくるようになっていました。

私の席は1階13列のほぼ真ん中で、ステージも程よく見えステージ上両端にいる倉田さん、平石さんも見切ることなくはっきり見えました。

開演・・・17:05

@「片恋」

A「案山子」

トーク…挨拶
     震災の話・・・「岩手にいる親友となかなか連絡が取れなくて、しばらくして本人から電話があって安心した。彼曰く{東京の人に伝えてもらいたいことがある}何かと思ったら{東京の人は元気を出してください}って・・・
被害に遭ってもいない東京の人は元気を出して、あまりいろいろな事を自粛なんてしないで普通に生活してほしい・・・だからね。もう自粛止め!!東京から西の人はね、元気を出して経済活動に励む!!そして義援金を贈る。これはね。一回きりじゃない。被災地は復興まであと何年かかるかわからない。
だから継続して応援していくことが大事。」

「ロビーに募金箱を置かせていただきました。必ず私が責任を持って持っていくからね。で、あまり『重たいお金』ばかりだと、私が持っていくのに大変なんで、出来るだけ『軽いお金』をたくさん入れていただければ、ありがたい。」

「震災があってから、いろいろ思う。「俺には何もできない、愚直に歌う事くらいしか、それでも皆が落ち着きを取り戻して来たら応援歌を歌いに行こうと思う。今はまだ余震とかもあるしなかなか落ちついて音楽を聴く状況ではない。僕は、まだ早すぎると、思ってる。」

「中越地震の時、原田泰司さんと一緒に避難所を回りました。一応ギター持っていたんだけど、いきなり歌うのもどうか、と思って、いろいろ御挨拶をしたり話をしたり、すると「さださん唄って」と言われ、皆さん集まって来たので「案山子」を歌ったのね。でも歌詞が「元気でいるか♫お金はあるか♫」って言われてもね〜でも、歌の途中でみんな泣いちゃって、さだまさしの歌詞じゃだめか〜と思って歌詞のない歌を歌ったんだけど「あ〜あ〜♫」それでも泣いちゃうのね。さだまさしじゃだめだ!!・・でもね。落ち込んでいるときほど暗い歌が良いのよ「あ〜こんなにつらい思いをしている人がいるんだから自分は元気を出さなければ・・」だから落ち込んでいるときはさだまさしか中島みゆきね」

「この建物は理論上震度7までは大丈夫と言う事なので、震度3〜4くらいなら、コンサートをいったん止めるくらいはあるかもしれないけど、ここにいる方が安全だからね。但し我々ステージの上の人間は上方に照明の機材があって、まあ、しっかり止めているから心配はないのだろうけど、避難はします。そっちへ(客席を指さして・・)で、震度6以上が来たら、もう交通機関もだめだろうからみんなで一晩ここで歌いましょう・・・。今日はね節電の為に25%削減のコンサートを目指します。7:25分位には終わるからね。」

B「交響楽」

C『朝刊」

トーク  「 グレープでデビューしてから足掛け38年が経ちました。今日ここへ来る途中、神田共立講堂の前を通って来たんだけど、思い出すね〜グレープラストコンサートが終わって、楽屋を出たら脇の道をみんなが「精霊流し」を歌いながら歩いてた。あの頃会場は若い娘ばかりでね。グレープはアイドルだったから、ハ〜あの頃の子たちは今どこに行ったんだろ・・(客席から「ここにいるよ〜」と声がかかる。)本当?まあ、そんなんなっちゃって、まあ僕がこんなんなっちゃったんだから、あなたがそうなっちゃってもしょうがないか・・・」

D『殺風景」

トーク…グレープ時代の話続き…お馴染みデビュー前のキャンペーンと大阪ステーションホテルで吉田さんと相部屋だった話・・「回転するベッドの上で吉田がピンクの照明を浴びていた」
「所属事務所がなかなか決まらなかった。谷村さんの当時の事務所ヤングジャパンにも行ったが社長の細川が僕たちの写真を見て断った。細川氏「こいつ貧乏神みたいやろ」と指差したのは「さだ、お前やったで」とうれしそうに笑う谷村さん」

「グレープはデビュー曲「雪の朝」が3800枚売れた。そのうちの3500枚は長崎だった。でも「精霊流し」がヒットして、・・・僕たちがこうしてヒット曲を作って頂いたのにはきっと意味がある。
何のためにヒット曲を出させてもらい、生かされているか・・・先日こうせつさんとも話したんだけど・・・きっとこういう時の為に、我々はいるんじゃないか・・・と、まあこうせつさんともなにかやろうと話を進めてますんで、おいおいお知らせしていこうと思っています。」

E「雨やどり」

F「秋桜」

トーク・・・「グレープはね。「精霊流し」と「無縁坂」がヒットして方向が決まってしまった。本当は別の音楽がやりたい、けどこのままだと「仏滅」「香典返し」と続いてしまう。限界を感じて解散。
僕はそのあと、長崎放送へ行って制作部のディレクターとして音楽番組を作ったりしようと履歴書を持って行った。当時の制作部部長の武縄さんのところに…でも武縄さんはごみ箱を僕の目元の高さまで持ち上げて僕の履歴書をその中に捨てた。「きみは唄うべき」だと。」

「雨やどり」は渋谷tレモンホール(渋谷公会堂)で初演しました。そのひと月後位に「秋桜」を書いた。」

メンバー紹介・・・客席から舞台に向かって右から、ベース平石カツミ、パーカッション宅間久善、木管旭孝、チェロ徳沢青弦、ピアノ倉田信雄、そしてスペシャルゲスト、ギター石川鷹彦

トーク・・・「僕らはこうしてコンサートで全国を歩いています。東北も各地歩いています。釜石、浄土ヶ浜、気仙沼、あれほど美しい場所が、失われたことは本当に残念で、悔しくてなりません。
気仙沼大島にも行きました。ライフラインも何もすべて壊れちゃったけど・・・鶴瓶ちゃんの「家族に乾杯」の主題歌になっている「Birthday」は大島のホテルで作りました。

G「Birthday」

トーク・・・「大島には石川さんと行ったよね?あの日の夜石川さんは飲んだくれてたでしょ?」
石川さん「いや〜、飲んだくれてはいないよ・・・」
さださん「じゃ〜どのくらい飲んだか覚えてる?」・・・石川さん「…それは・・覚えてないな〜」
さださん、「まったくね〜、その頃こっちは部屋にこもって曲作りしてたのに・・・」

「いつか、必ず、気仙沼大島へ行ってね。この曲を「里帰り」させてやりたい、と、思ってます。」

H「北の国から〜テーマメドレー〜」

I「道 〜はないちもんめ〜」

トーク・・・「僕らはラジオを聴いて育って、ラジオに育ててもらいました。・・・だから「生さだ」もラジオの形を続けている。「もう少し早い時間にやってもらえないか?」と言うお話も伺いますがね。あれは深夜にそ〜っとやってるからいいの。で、去年、ワールドカップの時に「どうせみんなサッカー見てて、こっちなんか見てないから・・」などと言ったらお叱りのハガキを沢山いただきまして・・・NHKからもレギュラーで、みたいな話をされるんですけど、毎週はとても無理、物理的にも精神的にも…まあ月一回〜年に10回って言うところがベストですね。」

「1月に金沢で「生さだ」があって、次の日には文化放送とニッポン放送「Areyouready Oh!」の武道館コンサート。
前の日は谷村さんと泉谷さん、ゲストがダウンタウンブギウギバンド、ばんばひろふみさん、あのねのね、笑福亭鶴光さん。まるで異種格闘技のようなコンサートだったそうです。次の日が僕、こうせつさん、坂崎幸之助さん、斉藤安弘さん、吉田照美さん・・・整然としたコンサートでしたよ。。それで「生さだ」の本番の時から雪が降ってたんだけど、「まあ、リハーサルまでにつけば何とかなるから」と本番中に言っちゃった。言霊と言うのがあって自分の発した言葉には神が宿り力を持つって言われてる。僕は自分で言上げをしちゃったのね。朝になったら一面真っ白ですよ。
でも、僕がそう言ったのには根拠があった。「小松空港は航空自衛隊の基地もある。飛べない、なんて筈はない。」で、自動車で小松空港へ向かってる途中、先行してたスタッフから連絡が・・・「まっさんの乗る筈だった飛行機は小松に着陸することが出来ず東京へ引き返しました」…降りれなくなるってのは想定外でした。」

「それからすぐにこうせつさんに電話をして「おいちゃん、残念なお知らせがあります」って言ったら「なに!!それは大変だ!!」って、あんなに真剣に驚いてたこうせつさんの声聴いたの初めてでしたよ。で、車でどこまで出るか、途中で特急に乗るか、スタッフと相談して、このまま米原まで行って新幹線に乗ろう、と言う事に決めて、正解でしたね。特急は途中で止まってしまってて動き出したのは36時間後だったそうです。
無事に新幹線に乗って、こうせつさんに「リハには間に合わなけど、本番までには着きそうだから」って電話したら「な〜んだ。それなら安心したよ。リハーサルは僕と幸ちゃんでやっとくから・・」、こうせつさんは僕が本番にも間に合わないと思ってたようでした。
それで落ち着いたら腹が減ってね。考えてみたら朝から何も食べてない。さて、どうしよう・・・

僕は昔から東海ラジオにとても世話になってるんです。先先代の社長がとても僕をかわいがってくださって、だから今でも東海地区のコンサートは東海ラジオが仕切ってるんです。その東海ラジオに田中って男がいるんですが、先先代から「お前さだの担当」と言われて、それからずっと僕の迎えに来たりするんです。
それで、新幹線の中でふと思い立ってスタッフに「田中の所在つかめてるか?」と聞いたら「今日は宿直明けで社内にまだいると思います」って、で田中に電話入れて「すまないが、鶏弁当を名古屋まで届けてくれないか」と頼んだら持ってきてくれたんです。それをホームで受け取って・・・車内で食べてた。その時、たまたま載り合わせていた繁理が通りかかって、「その鳥弁、どうしたんだ?」って聞くから「田中に頼んで持ってきて貰った」と言ったら、「お前、駄目だよ、そんな事田中に頼んだら」って言うから「なんで?」って聞き返したら「田中、偉いんだよ!!営業局次長だよ。上から数えた方が早んだよ!!」、「え〜、だって去年東京に飛ばされてきてたじゃん」、「あれは飛ばされたんじゃなくて、東京支社長で栄転できてたの!!」

この話をラジオでしたら、次の日から文化放送とニッポン放送に問い合わせが殺到しまして・・・「田中さんを教えてください」って
先日、田中に会って謝りましたよ。彼、実はあの日、すでに帰宅していて子供たちと食事に行ってて、行列のできる有名なラーメン店で一時間ほど待っていて、あと15分ほどで順番来るってところで僕の電話が入って、子供たちに「駅前に行くぞ」って、で、子供たちには「とんかつ」を食べさせたそうで「こっちの方でよかった」って子供たちは喜んだそうです。まっそりゃそうだね。
で、田中・・こちらこそ有名にしていただいてって言ってたんですが、やはり「いや、やはりこっちの方が助かったから俺の方こそありがとうって言ったんです。今年一年これでトークに困らないってね。」

J「何もなかった」

K「静夜思」

L「前夜」

トーク・・・「前夜」と言う曲は、ちょうど湾岸戦争の時、テレビのニュース映像の爆撃で多くの子供たちが命を落としているのを見て、怒りや悲しみが込み上げて、感情に任せて殴り書きしていたのを、あとで読み返したら、このブロックで一つ、このブロックで一つ、このブロックで一つ、3つのブロックが出来て、曲をつけてみたら一言一句変えることなく曲が出来ました。

今もアルバム作りの最中で、震災の当日もスタジオにいて、大きな揺れの後外に出てみたら、東京タワーの一番上の部分が曲がって見えました。

今の自分に何ができるかわからないけど、今年はね「書くこと」と決めているからね。既に連載を始めているし、小説も書いてます。

人はね。自分の花を咲かせるために生きている。もう自分の花は咲いた。と思ってる人、いますか?まだ花は咲いてないと思ってる人・・・もう一花咲かしたけどまだまだもう一花咲かしたいって思ってる人もいると思う。
いつか自分の花を咲かすために、人はほんの僅かな努力を積み上げて行くんだね。

僕の夢はね。年寄になること。面白い爺さんになりたい。本当はね面白いばあちゃんの素質があるんだけども、ばあちゃんにはなれないから、だから僕は面白い爺さんになる。

M「人生の贈り物」

N「主人公」

トーク・・・「25%節減、と言っておきながら・・・まだまだだね〜って、だから話がよけいなんだよ。あと2曲も残ってる。あとは喋らないよって言うと、「まっさあん、曲はCDで聴くから〜」だって!!

ライブは僕たちにとって「命」です。「血液」なんです。だからこうして歌い続ける。それもこれも其処に座ってくるあなたがいてくれるから・・・

また、すぐに会えるように皆さんも元気で、普通に生きる、普通に暮らす。簡単なようだけど「普通に」いることがどれだけ難しく、大変なことか・・・

メンバーに拍手を…そして今日も手伝ってくれた素晴らしいスタッフに拍手を!!

O「飛梅」

P「桜散る」

本編終了〜幕〜 19:35

アンコールにこたえ、さださん、メンバー再びステージへ

トーク・・・「本当に長い時間、ありがとう。今日はね。朝、みてくれた人もいるだろうけど「題名のない音楽会」へ出演しました。今回は「出光100周年記念コンサート」のはずだったんだけど。急遽「東日本震災復興応援コンサート」になりまして、「さださん出演者を代表して一言」なんて言われたんですが、僕の出演は次回なんで、僕じゃなくても良かったのでは?と思ったのですけどね。

この司会の佐渡裕さんとはこの番組をきっかけに親しくさせていただいて、あの震災の時も佐渡さんから電話があって、あの大きな人が号泣してるんですよ。「音楽家はこんなとき何もできない、なんて無力なんだ」って、僕も同じことで悩んだりしてたからすごくわかるんだけど、「そんなことはない、必ず音楽が必要になるときが来るから、その時は一緒に何かやりましょう」って話をしたんです。

そうしたら、佐渡さん、今は兵庫県立芸術文化センターの音楽監督をなさっているんだけど「9月30日を押さえたから一緒にやりましょう。」って・・・まだ、どんなことになるか分かりませんが、ともかくやります。
後、こうせつさんなんかとも何やら企んでいますから、順次お知らせしていきます。

阪神淡路大地震の時、最愛の弟さんを亡くした中学生の少年がいた。彼はしばらく何も考えられず暮らしていた。ある日ふときいていたラジオで聴いた「道化師のソネット」を聴いて涙を流し、それから少しづつ頑張ろうと前向きに元気を取り戻した。

被災地で友人や家族を失ってなお「それでも天を恨まず」と叫んだ少年の姿を、僕は生涯忘れない、と思います。

EC「道化師のソネット」

終演 〜幕〜  19:45


笑いと涙と感動の2時間45分・・・

今回はやはり震災の話題は外せませんでしたね。トークのいたるところにさださんの苦悩や思いが伝わってくるようでした。

最後の「道化師のソネット」 で胸がいっぱいになりました。

客電が点いて帰り際、まだ席を立てずに涙している方が何人かいらっしゃいました。



零れたトークを幾つか・・・

4月10日はさださんのお誕生日でしたが、同じ誕生日に和田アキ子さん、永六輔さん、和田誠さん、淀川長治さんなどなどいらっしゃいますが、東山紀之さんの奥様、木村佳乃さんもその一人。

で、さださんは誕生日の日にお祝いの電話を東さんにしたそうです。そうしたら佳乃さんが電話に出られ「子供の時、さださんと同じ誕生日なのが自慢でした」と話されたとか・・・さださん「子供の時・・・かい!!」

あとは有名な話ですが・・・「淀川先生に話をお聞かせして、僕はそのあと移動の為に先に失礼したのだけれど、その後淀川さん、永さんたちに(あの青年、面白い人だね〜。何をしている人?)と聞かれたそうで、永さん曰く「さだまさしもまだまだだな」と言われたそうです。

セイヤング、オールナイトニッポン合同企画「Are youready Oh!」が決まった時、谷村さん、泉谷さん。さださん、こうせつさん。の組み合わせになって、さださんは「良かった〜」と思ったそうです。「いや、泉谷さんは良い人ですよ。でも、あの人の暴走を受け止められるのは谷村さんじゃなきゃ無理!!」だ、そうで・・・

旭さんとのやり取り・・・「旭さんは、前回のアコースティックコンサートからツアーに参加して貰ったんだけど、普段はスタジオミュージシャンで、やはり引きこもりがちですか?」
旭さん「まあ、そうですね。あとは趣味で写真を撮ったり・・・」


「そうなんですよ。旭さんはブログなんかもやってるんですよね。しかも、それなんて言うんですか…自作ですよね。パンパイプ。それ焼き竹輪を焼く時の竹ですよね?やっぱり焼いてるからいいんですか?」

旭さん「ま、、竹そのものも良いんだけど、やはり竹輪を焼く時に一緒に焼かれてかたくなってよい音になるんですかね。」
など、ほのぼのとしたやり取りがありました。


さて、長々と書いてきましたが、毎度の事、本文記事はあくまでも私の書き散らかしたメモと頼りない記憶に基づいておりますので、表現、言葉、順序、欠落しているトークとか、その他もろもろ「完全無欠」なものではありませんので、あしからず・・・

とりあえずセットリストだけは間違いありません。(たぶん)

そして・・・さださん、「夏フェス」初参戦・・・情熱大陸スペシャル・・・・葉加瀬太郎さんからたってのオファーだそうです。2大バイオリニストの競演なるか!?

8月6日、夢の島会場

では、長々と、お付き合い、ありがとうございました。





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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
羽柴さん有難うございます。
失礼ながらご一緒にコンサートに行ったような
気持ちになりました。
詳細なレポにてブログを拝読しながら
感動しております。
震災後、気持ちが浮き沈みし
私的にも落ち着かない日が続いていたのですが
少しずつ気持ちも安定してきました。
私は予感+もワールドも
もともとコンサートの機会も少なく
お江の所から遠くのコンサートに行く余裕も
なく、今年は夏の終わりに一回いけるだけかな?と
ちょっと淋しいですが。
こうやって違うホールでの様子を伺い知ることが出来
幸いに思っております。 感謝
ツバメ
2011/04/30 12:00
ツバメさん、いらっしゃい。
まだまだいま一つなレポートですが、楽しんで頂けたなら、幸いです。

まだ、なかなか落ち着かないですよね。
お近くのコンサート、行けると良いですね。

震災復興の為の応援イベントは幾つか出られるようですが・・・私も何処に行けるかはわからないです。さすがに埼玉から兵庫は遠いしね〜
羽柴小一郎
2011/04/30 19:10

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