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zoom RSS さだまさしコンサートツアー「予感」千秋楽レポート その2

<<   作成日時 : 2010/12/11 15:48   >>

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〜トーク〜「つくだ煮の小魚を歌にして歌え、と言われてから既に30年以上が経ってしまいました。この詩には井伏鱒二の小さな命に向けられる優しい眼差しと命の重さがあり、何度も唄おうとしたけれどできなかった。今でも井伏鱒二の想いがすべてわかったとは思えない。でも今の自分なりに一生懸命曲をつけました。

次に聴いていただいたのは静夜思。静夜思と言う李白の詩があるんですけど・・・夜、星空を見上げる。都会でも明るい星ならきれいに見えますね。それに暗い夜に輝く月。地球上にある、あらゆる生物の営みや潮の満ち干など、すべてのものが月の影響を受けている。だからでしょうか、私たちが月を見上げて綺麗だな、と思ったり胸ときめいてしまうのは・・・

月は毎年4センチ、地球から遠ざかっているそうです。遥か未来、月はやがて地球の引力圏から離脱して遥かな宇宙の彼方へと行ってしまう。その時、地球の地軸が傾き、水を失い、季節もなくなり、地球上のすべての生き物はもう生きられない。月は単なる衛星ではなく命の源なんですね。

日本で初めての金星探査衛星「あかつき」は結局ロケットの逆噴射が弱すぎて金星の軌道に入ることは出来ず、太陽の周回軌道に入ったそうです。でもまだチャンスはある。6年後だそうですが・・・

昔、付き合ってた彼女、まあ普通の御嬢さんだったんですが、ある日「円盤を見に行かない?」とお誘いを受けたんです。「円盤?」と一瞬思ったんですけど・・・でも行くでしょ?普通。もちろん心の重心は「円盤」よりも「彼女と夜過ごせる」って方が大きいですよね。行きました。新宿からバスに乗って男女20数人。着いたのは富士山ろく。

で、そのリーダーらしき人、がキリストみたいな人で、いやキリストにあったことはないですよ。イメージでね。髪が長くて痩せててね。(バックの徳澤さんを見て)そうそう彼みたいな感じでね。徳澤君ちょっと横の髪を指で掻き揚げてくれる?(徳澤さん、髪を掻き揚げる。それを見ていた倉田さんがない髪を掻き揚げようとするしぐさ)そうそう、そんな感じね。やるんですよその人が・・・いや僕らだって若いころはできたさ〜 ね〜倉田。

で、そのリーダーが{皆さん手を繋ぎましょう}って言うんだけど、まるで谷村新司ですよ。ハンドインハンド・・・なんてね。でもなぜかその人の周りに女子が皆行くんですよ。しょうがないから男同士で手を繋ぐんだけど、僕の隣が・・大きいっていうか…まあ分かりやすく言うとコレステロールなんですよ。男同士なんだから、こう手を軽く合わせればいいでしょ。ところがそのコレステロールがしっかり私の指に指をこう絡めて来てね。もうなんかじっとりしてるんですよ、彼の手。

で、みんなで輪になっていきなりリーダーが「来てくださ〜い」って叫ぶんですよ。そして「はいみなさんも・・・」ってそしたらみんなもう何回も参加してるみたいなのね。だからみんなで「来てくださーい」って…こっちはもう恥ずかしいでしょ。そんなんで円盤来るのかって思うし、だからもう小さな声で「来て下さ〜い」って言ってたんですけど。

やってみましょうか?「来て下さ〜い」はいみなさんも・・・(会場中で「きてくださ〜い」と、揚句はバンドメンバーをも巻き込んで「きてくださ〜い」と・・

ね。恥ずかしいでしょ。でもなかなか円盤は現れない。そうしたらリーダーが「この中に信じていない人がいます」って言うわけ、やっぱり俺?俺のせい?なんてドキドキしたりして・・・
少し時間をおいてまたやった。不思議にね。何回かやってると慣れてくるの「来てくださ〜い」

もう明け方近く、ふとリーダーがある方向を指さして「来てくれました!!」って、ほかの人たちも「あ〜来てくれた」って、感動して泣いてる人もいるんですよ。僕は見えなかったから隣のコレステロールに「どこですか?」って聞いてみた。そしたら「ほら。あそこですよ」って指をさす方向を見たら、明け初めの空に小さく光点がゆっくり動くのが見えた。「あれ・」ってきいたら「そうです見えるでしょ」・・あ〜あれね。多分皆さんにはもうお判りだと思いますが・・・スペースシャトルとか人工衛星ってのは地表近くを飛んでいるので目でも確認できるんですよ。まあ、それを言える雰囲気ではなくみんな「来てくれてよかったね」って言ってたんで・・・結局それでまたバスに乗って東京へ帰ってきました。彼女…そのまま別れましたよ。

まあね。円盤が来たんならそれなりの音がしないとね。…(突然映画の「円盤登場」シーンのような効果音が会場に流れ、ステージの後方から「バルーンで作ったと思われる」円盤を掲げたグレイ型宇宙人3人が現れた。
ご丁寧にその中の一人は{カッパ寿司」全品90円の幟まで持って・・・流石千秋楽のサプライズ、さださんもバックも知らされてなかったようです。会場もメンバーもさださんも大うけでした・・・)

さださんは宇宙人の一人に「お前、広田、広田だろ、なにやってんだよ!!」
ステージ袖に向けて・・「これ。わざわざ今日のために作ったの?よくやるよ〜」

「こんな状態じゃ、次、すぐに暗い曲にはとてもいけないので、にぎやかな曲をお送りしたいと思います」

I思い出暮らし
Jあの橋を渡るとき

〜トーク〜 「去年、父が亡くなってもう一年が経つんですね。去年の10月の「大還暦」のコンサートにはね元気に来てたんです。だから僕たちも何となく100くらいまでは大丈夫じゃないかと思ってたんですが

父は満州で生まれてね。幼くして父、つまり私の祖父を亡くしてそれからはお母さんと二人で樺太に渡ったたりしてね。戦中は広島の連隊に配属されて、中国でゲリラ・・これは斥候がいて最前線がいて、本隊がいるんですが、その前線の斥候より先にいる、最前線中の最前線で白兵戦を体験してるんです。敵兵と取っ組み合いをしてるんですね。
戦後はそのまま中国に残るつもりだったのを上官に国に帰ろう、と言われて帰ってきた。
その上官の妹さんと結婚した。僕の母なんですが・・・

お父さんはお母さんのことを大好きだったのね。でも、お母さんはそれほどでもなかった。

あの、夫に先立たれた妻が一人で頑張って生きていると世間では「あそこの奥さんは気丈だ」とか言われるでしょ。妻に先立たれた夫は同じように頑張っていても世間は「かわいそう」って・・・
男はね。妻に先立たれると元気をなくすんです。だから数年後には後を追うようになりますね。
女性はね〜。夫に先に逝かれると・・元気になるね〜。

親父はね。商売をやっても下手だったから人にだまされて、補償も被ったし・・・でも大変出来の良い息子さんに恵まれてね。もうお父さんは息子さんの金を使い尽くして逝きましたから、中国政府から勲章とか表彰とかまでしてもらってね。「長江」の総合プロデューサーは父でしたから・・・

まあ、もうそろそろ時効かなって話、すごい話はいっぱいあるんで、そのうちに父のことを本にしようと思ってます。
「佐賀のがばいばあちゃん」って本が凄い売れたでしょ。だから「佐田の凄いじいちゃん」ってタイトルにして読者が「佐賀の…」と間違って買っていくようにすぐ脇に置いてもらう。
みなさんも買って読んでね。決して借りたりしないように!!メンバーもね。一冊はあげるけど一冊は買うように!!
こうしてね親父の使った金は少しでも回収しないと・・・

、結局親父は白血病の一種でね。最初は検査入院だったんですけど・・・検査入院って退屈なんですよ。で、土日は病院も休みでしょ。先生もいない。お父さん家が大好きだったもんだから、家に帰ってきちゃうんですよ。そして風呂に入ったりしていたら黄色ブドウ球菌にやられましてね。・・・

主治医が{さださん、今回はもう駄目だ}って…まあこういう仕事ですから、最期には立ち会えない、と、ある程度覚悟はしていましたが、それでもいける時は長崎に行って手を握ってね。親父がんばれって・・・ここ大宮公演あたりの頃、朝、飛行機で長崎に行って、夕方コンサート会場に入って・・・容体が急変したのは東京国際フォーラムのコンサートの時でね。千秋楽後すぐに父の下に行って、でも父はそのあと16時間頑張りました。

そのとき父から教わった様な気がします。生きることを投げない。あきらめないってことを

今年、精霊流しで仲間たちが大きな船を作ってくれました。長崎検番のお姐さん達が送り三味線で送ってくれてずっと最後まで歩いてくれました。

K献灯会
L精霊流し

〜トーク〜 「献灯会。中野にある明治寺、そこの百観音のお灯明料でユニセフを通じて世界の貧困や戦争の為に苦しんでいる子供たちを救うために行われているんです。そこの御住職の草野栄応氏がさだまさしのファンでよくコンサートやディナーショーにご家族で来てくれていたのですが、50の時に脳腫瘍で逝かれてしまいました。
その病の時、もう普通に起きていられないくらいの状態の時に見舞いに行った僕の為にわざわざ僧衣に着替えて正座で向かえてくれたんです。いつまでも長居してお体に触ったら申し訳ないと帰ろうとしたところ栄応さんは「そうだ。さださんに観音経を唱えてあげよう」と仰ったんです。
一心不乱にお経を唱えられていた栄応師、最後はもう声にもならない声で「がんばれがんばれさだまさし」と繰り返されていました。

栄応師が亡くなられた後、奥様がさださんにも何か形見分けを。と言って下さり、栄応師が修行の時に頂いて使っていた懐中時計と同じで未使用のものが出てきたから・・と頂いた時計があるんですね。
でも僕は普段懐中時計などは使わないからどうしようか。と、思っていたら良い場所があった。

(ステージ中央のさださんの後ろに何時も水やピックが置いてあるスタンドテーブルに向かい)ここにね。スタッフがちゃんと置台を作ってくれて、あんなショウもない円盤なんかも作っちゃうけど、こうして大事なものも作ってくれるんです。それで毎回この懐中時計を置いておくとね。いつでも栄応さんがそこにいて「頑張れ、がんばれ さだまさし」って言ってくれてる気がするんです。

人間ってね。いつか、いなくなっちゃくけど、僕がこうして生きている限りはね。僕の中で生き続けている。
だから、時々その人たちに話しかける。するとね。不思議なことなんだけど歳とともに返ってくる答えも違うんだね。
思い出も成長するんです。

だから今日もきっとどこかで見ていてくれる。決してオカルトの話じゃないんだよ。

生きるってね。先にいなくなっちゃった人たちの想いの分も背負って、未来へ向かって進んでいくことなんだね。
そんなことを伝えたかった「予感」でした。」

Mセロ弾きのゴーシュ
NOnly〜薔薇園〜

〜トーク〜「今年はこのツアーの合間に3776回の山中湖でのコンサートもありました。それから30年ぶりに東大寺さんに御呼ばれしまして、前回は昭和の大修理の落慶祈念法要でした。今回は光明皇后千二百年御遠忌と、言う事でした。光明皇后、お父さんは藤原不比等、と言う事はお爺さんは藤原鎌足、聖武天皇のお妃でした。ここは日本史好きにはたまらないですね。聖武天皇が崩御されたときにその御物を東大寺に奉納したんですね。それらを保管するために建てられたのが正倉院。しかし双振りの宝剣だけは後に返還された。その宝剣の行方が判らなかったのですが、今年大仏の台座から双振りの宝剣が発見された。この剣がその時の宝剣だと確認された記事が出たのが私のコンサートの翌日でした。
30年前、東大寺でコンサートをやる意味も分からないままただただ野外コンサートをやるという意識しかなかった。
30年経って再び呼ばれた意味を噛みしめたい。」

「ツアーが今日で終わりますが、僕はこの後ディナーショー、そして国技館。今年、来年は初場所の開幕が早いから、と言う事でカウントダウンはできませんが12月28日にソロプレミアムをやります。今年は初めて名古屋でカウントダウン、そのあと「生さだ」をやります。

みなさんも元気で、また早い機会にお会いしたいと思います。」

O天然色の化石(さださんのギター一本で)
P修二会

〜幕〜  20:40

EC1片恋

(さださん、歌い終わっても幕が下りず、さださんは倉田さん他メンバーに合図を送って、千秋楽ならではのオーディエンスへのサプライズが始まりました。)

EC2落日・・・(最後の、「幸せになろういつかかなず〜の」リフレインは会場中での大合唱でした。)

曲が終わるとメンバーも舞台前へ出てきて、さださんを中心にみんなで手を繋ぎ(無理やり指と指を絡めて・・・)客席に向かって挨拶、そして皆さん、手を振りながら舞台を去られたのでした。

〜幕〜  20:55

客電が点いたので椅子を立つと、幕の向こう側からは千秋楽を祝う三本締めの声が聞こえました。(今回の私の席は一階9列目でした。)

笑って、泣いて、感動した約3時間。

とても夢のような素敵な時間でした。

前にも書きましたが、スーパーアコースティックバンドの奏でるメロディは派手さこそありませんが暖かくて、穏やかで、なぜかとても懐かしい旋律でした。でも修二会ではアコースティックなのにも拘らずダイナミックで力強く、決してエレクトリック楽器にも負けていませんでした。

北の国から・・・の中間奏で旭さんの演奏してた「ケーナ」(で、良いのかな細い竹を長さの違いで音階をつけた楽器)の音にはなぜかとても懐かしさを感じて思わず(ウルウル)と来ちゃいました。

秋桜のさださんのギターと倉田さんのピアノ
セロ弾きのゴーシュでの徳澤さんのチェロ、さださんのヴァイオリン
あらゆる曲でさりげなくサポートして盛り上げてた平石さんのベース

そしていつもの超絶プレイでビジュアル的にももりあげていた宅間さん

美しい照明と、夢のように織りなすスクリーン、シンプルなステージ構成だからこその、本当に「聴く」大人の雰囲気の素晴らしいコンサートでした。


零れてしまったトークで思い出したものを幾つか・・・「私もデビューして37年になりますが、断っておきますが谷村さんやこうせつさんや泉谷さんと同じ年じゃありません。4歳も下です。いいですか?4歳と言えば中学生と大学生の違いですよ・・・まあ、50過ぎたら同じですけど・・・」

「生きるとは苦しいものだ。と言う事を世界で初めに気が付いたのはお釈迦様です。楽しく生きたいと、思うからちょっとでも辛かったり苦しかったりすると、つまらなかったり、重く感じてしまうんです。最初から「人生は苦しい」と、思って生きてるとね。ちょっとしたことでも楽しくなるものなんです。」

多分あといくつかあるかと、思いますが・・・トーク部分はしつこいようですが、あくまでも私の記憶によるものですので完全ではありません。
多分ほかの方もブログに書かれておられると思いますのでそちらと両方見ていただければより完全に近づくかと思います。

PS, 初日越谷、川口リリアのメニューについては後日記載しますね。

このブログをご覧の皆様へ・・・長いお付き合い、ありがとうございました









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驚いた

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
私もツアー4回行きましたからかなり記憶しておりますが、完敗です(勝負などしてないって!!)
完璧です!感動です!これだけのものをレポで拝見したことがありません。
旭さんの竹の笛は、徳島のさださんの友人の方が送ってくださったねりものの「ちくわ」を作る時の竹です。ほぼ同じ太さを揃えるのは大変だったと思います。
それを旭さんが自ら加工して作成したものです。
「バンパイプ」と言います。
旭さんのブログに制作過程が写真付きで詳しく載せられていますよ。
今のは「北の国から」用のキーらしいです。
また別のものも制作するかも・・・・・・みたいなお話も聞きました。
千秋楽ならではの出来事も詳しく書いていただき本当に楽しませて頂きました。
ありがとうございます。
こういちまま
2010/12/11 20:43
こういちままさん、いらっしゃい。
長いレポートになってしまいました。まだまだ零れてる話もあるんですが、何とかここまで再現できました。
改めて文章を見るとあれ?ちょっと違うかな〜と言うところもあるんですよね。例えば、さださんがお父様のことを本すると言う事でタイトルは「佐田のヤバい爺さん」なんですよね。
旭さんが「北の国から」で演奏されていたのが「パンパイプ」ですか、判りました。ありがとうございます。

千秋楽の「円盤」はびっくりしましたね。書くの忘れたけど「円盤」の外周部に「まっさん」とか「来てくださ〜い」って書かれたんですよ。よく見なければわからない所まで手を抜かない。スタッフの心意気が出てましたね。ちなみに本文では書くの忘れましたが、さださんは「円盤」=タイムマシン説を話されていましたね。「人類の歴史軸を変えてしまわない為に未来人は現代人との接触を禁止されているんじゃないか?、円盤が何かコソコソしてるのはその為では無いか?」とね。

長いレポート読んでいただいてありがとうございます。次はいよいよ国技館。
こういちままさんは「カウントダウンライブ」ですね。それぞれ場所は違っても、さださんの歌とトークを目一杯楽しみましょうね!!
羽柴小一郎
2010/12/12 21:08
僕が「予感」に行った時、円盤は出てきませんでしたよ〜!千秋楽だけのお楽しみだったんですね。
よしな
2011/01/03 21:09
よしなさん、いらっしゃい。初めまして、でよろしいでしょうか?今後もよろしくお願いいたしますね。

「円盤」登場についてはさださんもスタッフから事前に知らされていなかったようで、ステージの後方から登場したときにはかなり驚いてウケてました。

あの後「国技館」「センチュリーホール」と、年末のイベントには登場しましたね。
ここ何年か千秋楽へ行けてますが、ステージの天井から風船がたくさん降ってきたり、この「円盤」のように、スタッフさんたちが何かしら仕込んでおられるようです。
羽柴小一郎
2011/01/04 20:02

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さだまさしコンサートツアー「予感」千秋楽レポート その2 夢鏡/BIGLOBEウェブリブログ
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