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zoom RSS 大河ドラマ「天地人」レビュー14 第29話〜第32話

<<   作成日時 : 2009/08/12 22:12   >>

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伊達政宗がやっとこさ小田原に参陣。
正宗は白装束で秀吉の前に現われる。秀吉は正宗の頭を刀で叩きながら「もう少し遅かったら、ここがあぶなかったのう〜」と・・・

正宗は遅参を理由に会津領を没収され、追い返され、秀吉は全国十万の将兵で小田原城を包囲、小田原城の真向かいに「一夜城」を建てた事で北条勢は戦意喪失。此処に豊臣氏の天下統一なる。

やっと越後に帰った上杉景勝を待っていたのは「妻子を京屋敷へ住まわせるように」と言う秀吉の下命であった。
つまり、秀吉は自分の天下を安定させる為に諸大名の妻子を京へ集め体の良い人質として置き、反乱を防ぐ狙いであったのだ。

景勝の妻「菊姫」は景勝や兼続の説得に応じず、自決をほのめかし、実際お船の眼前で自身の喉に短刀を突き立てる。が、結局は自決できずに泣き崩れるとお船は「私がついていきます」と、ともに京へ上がる事になる。

京では諸大名の女房衆が「北の政所」に付くか「淀殿」につくか・・・で大変な事になっており、「上杉家の妻女」ということで当然の如くその騒ぎに巻き込まれてしまう。

「淀殿」は秀吉の実子「鶴松君」生母、と言う事で「北の政所」を一歩リードしていた。
秀吉はやっと出来た実子、と言う事で大そう喜んでいたのだが、鶴松は突然夭折してしまう。
「北の政所」形勢逆転!!

鶴松を失った秀吉は哀しみを忘れるかのごとく、関白職を甥の「秀次」に譲り、後世悪名高き「朝鮮出兵」を実行しようと諸大名に号令をかける。「文禄、慶長の役」

上洛した景勝、兼続主従は徳川家康とともに北の政所に呼ばれ、「秀吉が渡鮮しないよう」監視して欲しい、と懇願されるが、上杉軍には渡鮮命令が下される。

上杉軍は半島の前線で苦戦を強いられるが、突然の帰国命令が下される。
帰国してみると秀吉と淀殿との間に「捨松君」が誕生していた。「のちの秀頼」

秀吉は実子「捨松」を自分の後継者にすべく画策する。
秀吉の養子となっていた羽柴秀俊は「毛利元就」の許へ養子に出されようとしており、また、関白秀次は高野山での蟄居謹慎を言い渡され、すべては石田三成が仕組んだ事と見ている徳川、前田、毛利、小早川、上杉ら、諸大名は三成に詰問しようとするが三成はそれを一瞥の元無視をする。

見かねた兼続は三成に意見するが・・・・

「北の政所」VS「淀殿」、「石田三成」VS「武断派」・・・「関が原」へ向けての様々な構図が少しづつ浮かび上がってきましたね。

まあ、やはり、と言うか「家康」の動きが一番不気味でしょう。

秀吉は片腕であった弟、「秀長」、最愛の母「大政所」、を相次いで失い、政治、式典顧問であった「千利休」を切腹させ、尚且つやっと出来た「鶴松」まで失い、かなり精神的に病んで行っていたのかも知れません。
無謀とも言える半島出兵やその後の秀次追放、秀俊の養子まで、確かに石田三成が企画と実行に一役買っているのは事実かも知れませんが、端を発したのは秀吉の言だったのは言うまでもありません。

「大老筆頭」としての家康は秀吉に一言「諫言」する位はできたであろうに、それをした形跡は無い。
たぶん、これらの事が「豊臣」の運命を転落させる事になる。と確信を持って読んでいたのでしょう。

まだまだ、この時点での三成、兼続は「若すぎる」位、若く、老練な「家康」を第一級の危険人物と思いながらも「見極め」の詰めが甘かった。と言う事になります。

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