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zoom RSS 大河ドラマ「天地人」レビュー13 第24話〜28話

<<   作成日時 : 2009/07/13 22:13   >>

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久しぶりの大河ドラマレビューです。
何となく書きそびれまして・・・

さて、秀吉からの上洛要請に応えるべく春日山城を後にした影勝一行。途中、加賀、能登領主にして関白秀吉の信任厚い前田利家の歓待を受けたり、京へ入洛すれば兼続の「愛」の前立てが京童たちの話題を呼んだり「上杉」の評判は上々であった。

秀吉と会見した景勝はその労を労われ、従四位下左近衛権少将に任じられる。

しかしその後は在京中の諸大名や公家などの接待漬けの毎日。一日で5家、10家と廻らねばならず、指南役に就いた千利休の娘「お涼」からも色々言われたり、秀吉への献上品である「太刀」が地味だと「金糸」で織った飾り布を付けられ、叉それを秀吉に褒められて幻滅したり、秀吉の親戚筋にして股肱の家臣である福島正則邸では正則に無理やり踊らされそうになったり三成の事で愚痴を聴かされたり、もうあちこちで散々な目にあった景勝はとうとう精神的に追い詰められて倒れてしまう。
元々人嫌いで神経質な景勝が洛中の公家や一癖もふた癖もある戦国大名の家を毎日引き回されていたのだから、まっ当たり前と言えば当たり前だが・・・

案の定、本人にしてみればあくまで主君景勝のフォローアップの為なのだが、病に倒れて来られない大名より、如才なく諸大名や公家衆と話せる兼続の評判は噂の上に噂を呼び、「家老の直江殿こそ上杉の主のようだ」と言われてしまう。

あるとき、秀吉の御前に赴くとそこには真田幸村が・・・真田家は徳川、北条に攻められ一旦は上杉を頼ったが、結局はもっと大きな勢力(秀吉)に助けを求めたのだった。
秀吉は兼続を自分の家臣にすべく、幸村の妹(初音)を人質に脅しをかけていた。

しかし、三成の機転や北の政所のとりなし、何より兼続の秀吉も申し出を毅然とはねつける態度で事なきを得えた。

だが、兎も角諸大名の名家老達を自分の手元へと欲する秀吉は、大阪城の前庭で兼続の目の前に砂金を山と積み家臣になるよう迫る。(ドラマ第一回冒頭のシーンね。)

しかし兼続は「我が主は上杉弾正景勝様ただひとり」と大見得を切り、北の政所の取り成しもあってやっと秀吉は兼続を許し、「自分は出自が卑しい為心許す家臣が居ない。信頼する上杉には東国の守りとしての役目を果たしてもらいたい」と、懇願するのだった。

上杉が秀吉に臣従し、自身の元へも妹や実母まで送ってきた秀吉に対し、「恐ろしい御仁」「天下は暫く様子見」としてついに徳川家康も上洛を決意。

大阪城大広間に於いて前田利家以下諸大名注視の中で家康は秀吉と会見。
秀吉が羽織る「陣羽織」を「欲しい」と懇願し、「この家康が関白殿下の下に参じましたれば、最早殿下に兵馬の苦労はおかけいたしませぬ」と言上し、それを聞いて満足した秀吉は「ワシは良き妹婿に恵まれた。されば、この陣羽織は三河殿に進ぜよう」「徳川殿は東国の守りの要」と自ら家康に陣羽織を着せた。、と言う。(結局は上杉と徳川を相互牽制させるためか・・・)

その時、秀吉は家康の耳元へそっと口をやり「よくぞ、申して下された。」と礼を言ったとか言わなかったとか・・・

つまりこの名?場面は「猿」が「タヌキ」に頼んだ「猿芝居」だった。と言う事らしい。
「あの、律義者で頑固者の三河殿が殿下に頭を下げた」と言う既成事実をまだどっちつかずの諸大名たちに見せびらかす為に・・・

しかし、一筋縄ではいかない「タヌキ」家康は裏では北条とも伊達とも通じて?いたのかな〜。

北条は最早老大国だし、伊達政宗は新興勢力とは言え当時の都や秀吉周辺では「辺境の蛮勇」っていう見方が大方で、「天下を狙う」って思っていたのは正宗本人とその側近達だけ、秀吉や家康は「若い者は元気がいいのう」などと余裕で見下していたんじゃないのだろうか?

まあ、領土が隣接している上杉は他人事ではなかっただろうが・・・

そしてもう一人若いものが、秀吉の毒牙に罹ってしまう。
樋口与七改め、小国実頼。兼続の実弟。
さねより君は婿入り先の嫁、姑、舅から「源氏の嫡流、小国家に相応しい手柄を・・・」と追い立てられていた。
そこへ兄、兼続から景勝の名代として「聚楽第」完成の「お祝い言上へ赴くよう命ぜられ、早速上洛。

秀吉に「こいつは与し易い」と見られたか、茶々殿に気に入られたからか、秀吉から従5位の下の官位と「大国」姓を与えられ、「そなたを無二のものと思うぞ」か、なんか言われその気になってしまう。

主君に無断で任官した事を兼続に責められ兄弟げんかへ発展。

しかし、その後、兄とともに上洛した折に見たものは、兼続にも官位を与えなりふり構わず上杉を取り込もうとする秀吉に対し、「あまり上杉を見くびる事なかれ。官位など受けずとも我等上杉。関白殿下の御威光の元。東国の守りを立派に果たす所存に偽りあろう筈がありません」ときっぱり言い切る兄の姿。
それを眩しく見つめる実頼。

実頼は兼続に「上杉の京屋敷に残り、洛中でのあり方などを学びたい。そうする事で上杉のお役に立ちたい」と京へ残る事を願うのだった。

さて、「天下」は秀吉の下、一見定まったかに見えますが、実はまだまだ「九州」「四国」関東」「東北」秀吉になびかないものは多いのですね。
そして家康の不気味な動き・・・ある意味「上杉」と言う家は戦国と言う時代にあって「生真面目」でありすぎたのではないでしょうかね〜。
家康も正宗も秀吉の前ではかなりの「芝居」を演じていますよね。で、それが「演技」なのを秀吉は百も承知してる。まあ、恐ろしい時代です。

正宗なんて「馬上少年過」と言う漢詩で「昔は天下を夢見た事もあったけど、今はもう年老いてこうして庭で花鳥風月を愉しんでいるよ」なんて書いておきながら、その実、生涯「徳川征伐」を考えていたそうですから・・・





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