夢鏡

アクセスカウンタ

zoom RSS 大河ドラマ「天地人」レビュー6〜第8話、9話〜

<<   作成日時 : 2009/03/08 00:07   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

手取川の合戦で織田方の柴田勝家軍を打ち破った上杉軍。
それは織田軍自慢の鉄砲隊を使わせない「雨中に夜襲をかける作戦」が功を奏したものだった。
(火縄銃の最大の弱点、水に濡れたら使い物にならない。これでは何千丁あっても無用の長物でしかない。)

見事な勝ち戦に、これに乗じて一気に織田本軍を討って上洛し、天下を掌握してしまおうと言う景勝や影虎の進言に対し、謙信は「自分は天下を取るつもりはなく、信長を討った暁には足利将軍家を再興し義昭様を都へ迎えるつもりである」と宣言。「自分は自ら天下を取ることは望んでおらず、それよりもっと大事なものがある」と・・・
そして、上杉軍は春日山へ引き上げた。

謹慎中だった兼続も上杉軍の勝利と春日山凱旋に伴い、謹慎を解かれ、春日山へ伺候する事になり、弟与七も景勝に仕えたいということになり、兄弟二人で春日山城へ赴くと、先に謹慎を解かれていた泉沢を初めとする上田衆の仲間達や景勝に温かく迎えられる。

謙信に呼ばれた兼続は、謙信から「自分の弟子、義の意思を継ぐのはその方だ」と言われ、「迷いの中に己の義が見えてくる」と諭される。

しかし・・・謙信は突如倒れてしまう。

数日の意識不明のあと、仙桃院や兼続の必死の看病や祈りも空しく、最期の一瞬かっと見開いた目で兼続を呼び「そなたの義」と呟いた後絶命・・・「越後の虎」波乱の生涯の幕を閉じた。

英邁な主君が居なくなった後に訪れるのは何処で何時でも醜いお家騒動である。

今川然り、武田然り、そしては繁栄を極めたその家々は跡継ぎに恵まれず衰退した。

上杉家は謙信に実子がいなかった事で余計にことが複雑だったかも知れない。

ともに上杉の血を受けながら、方や上田長尾家から謙信の養子となった景勝。もう一方は相模北条家との友好関係の証にと謙信の下に預けられた影虎。
二人がどう思っていようが、それぞれにつく家臣達は自分の仕えている主こそが「上杉の家督」を継ぐべきと考えている。と、言うか主に家督が転がり込めば自身も家中で発言力が増す。と考えているのだから、両派閥間での諍いが起こるのは必至である。

重臣会議は当然の如く両派閥間でどちらが家督に相応しいか?相応しくないかで紛糾。
その諍いを止めたのは意外にも兼続であった。
兼続は「お屋形様が居られた時はみな心を一つに戦った仲間ではないか!!」と一喝。

其処へ現れた直江影綱夫人「妙椿尼」が「謙信公の遺言」として「上杉の家督は景勝殿へ、と言うのが殿の御意思」であり、夫影綱にもそう仰っていた。と一同に告げるのであった。

しかし、それは紛糾する会議の場を鎮め、景勝にに家督を継がせようとする妙椿尼の「嘘」(作戦?)であった。

仙桃院も覚悟を決め、この「嘘」を本当の事として、兼続にも話し、謙信の葬儀を景勝が取り仕切るよう、命ずるのだった。

葬儀の準備で忙しい景勝の陣へ影虎の家臣たちが「夜討ち」を仕掛け、混乱する上杉家は?・・・

まあ、経緯はどうであれ、今だ敵対関係のままの北条から来た影虎が上杉の家督を継ぐのは無理がありますな。
景勝はあの無口で暗い性格が一国の「主」としてはちょっと心許ないかも・・・
いずれにしても妻帯もしていなければ正式な遺言も、或いは事前に嫡子を決めていなかった謙信が拙かった訳なのだが・・・だけどあの「夜討ち」を仕掛けたのはやはり「北条」からの誘導に影虎の家臣たちが知らず知らず乗っかっちゃったって感じだね。

阿部寛さんの謙信公はこれでご退場かあ〜、なんかあっさりと短かったですな〜
もう少し阿部謙信を見たかったですね。阿部さんお疲れ様でした。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
大河ドラマ「天地人」レビュー6〜第8話、9話〜 夢鏡/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる