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zoom RSS 大河ドラマ「篤姫」レビュー10〜第30話〜

<<   作成日時 : 2008/08/03 21:55   >>

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家定公の葬儀も終わり「天璋院」となった篤姫。
お志賀の方に続き、大奥でづっと従ってきた御年寄も「暇乞い」の挨拶にやってくる。
寂しさを募らせる篤姫。それを間近で感じ、自分の考えを言い出せない幾島。

やがて、紀伊慶福が江戸城に入り、挨拶のため篤姫の元を訪れる。
慶福はその名も家茂と改め、何事も篤姫に相談したいと願う。

篤姫は「家茂の相談役」になる事でこれからの生きる希望を見出そうとしていた。

しかし、大老井伊直弼はそれを良く思わず、逆に自分たちが追い駆けている西郷と月照を篤姫が何処かへ逃がしているのではないか?勘繰ってしまい、事もあろうに家茂の御前で篤姫にそれを問い質してしまう。

篤姫も流石にご立腹で「そんなこと知らぬ!!」と・・・まあそれでも家茂は自分を将軍に据えてくれた井伊を免責したりは出来ないんですね。
もっとも「将軍なんて飾りで良い」と思っている井伊は家茂の存外の行動に辟易しているようですが・・・

井伊直弼の「一橋派」への追及の手は既に江戸から京へ、武家も公家も町衆も問わず厳しい詮議が行われていた。
鶴丸城に入った元藩主島津斉興は斉彬のやってきた事を「西洋かぶれ」と全て否定し、製鉄も西洋式軍隊の創設も新型戦艦の製作も全て中止し、幕府に対し反する意思はないと表明する事が藩の生きる道と、斉彬の命で動いていた西郷に月照を「永送り」(つまり討たせて)藩の潔白を証明するように命を下す。

小松帯刀は忠教に西郷を救ってくれるよう懇願するが、斉興の意思には逆らえぬと言われてしまう。
(幾ら、妾腹の息子だからって、ご隠居の父親に逆らえないってのはどうなんでしょうね〜。しかも幾ら義理とは言え亡き兄君の前藩主にわざわざ今際の際の枕頭に呼ばれて後事を頼まれたのはあんたでしょ!!ッて小松君の立場じゃいえないか〜)
小松や大久保は落胆し、若い藩士たちも斉興のやり方に怒り心頭に達する。そんな折西郷が月照を伴い帰国するも、囚われてしまう。


どうにか西郷等を逃がす算段を考え、西郷の下を訪ねる小松と大久保。打ち合わせ通り、脱出に成功した西郷と月照だが、その塁が藩や友、篤姫などに及ぶ事を危惧した二人は船から海へ身を投げてしまう。
しかし、西郷は助かり、藩はそれを隠蔽する為、西郷も死亡したとし、奄美へ流罪に処した。

しかし、まだ「安政の大獄」は始ったばかりだった。

そんな中、家茂は朝廷より正式に徳川十四代征夷大将軍に宣下された。
家茂はその報告に篤姫の元を訪れ、庭を愛でながら談笑する。ふと足元をくじいた篤姫を「母上様、大丈夫ですか?」と抱きとめる家持。「やっと母上と言えました」と、素直に喜ぶ家持。微笑む篤姫。

幾島の下を薩摩藩江戸屋敷詰めの老女「小野島」が訪ねてきて、薩摩の近況を伝える。
「薩摩も変わってしまったようですね」と幾島。
小野島も「配下の者ももう居りませぬ故私がこうして参りました。これが最後のお勤めかと存じます」と告げる。

幾島は篤姫にずっと自分が考えてきた「暇乞い」を願う。
篤姫は「慶喜公のことは自分の責任であるから幾島が責任を執る事はない」と言うが、幾島は「私は自分が許せない。家茂様が将軍となって内心ホッとしてしまった自分が許せないのです。」と篤姫にその心のうちを吐露する。

なんか判らないでもないですね。幾島さんはあくまでも「斉彬の命は絶対」として行動してきたわけですが、実際篤姫から聞いた慶喜像にある種の失望感を抱いていたのではないでしょうか?でも命令は命令ですから、なんとしても慶喜を将軍にと何度も篤姫を口説いたけれど結果は逆の目に出た。
「でも、これでよかったんじゃないか」と思ってしまった自分に一番驚いたのは幾島さん本人だった。
つまり自分は「藩命」に逆らってしまったんじゃないか?と自分が許せなくなったのでしょうね。

斉彬役の高橋秀樹さん、家定役の堺雅人さん、お疲れ様でした。お二人とも見ごたえある演技でした。

入れ替わるように登場の井伊直弼役、中村梅雀さん、「幕末最大のダーティーヒーロー」を熱演ですね。
中村梅雀さんは中村梅の助さんのご子息。
大河初登場は「吉宗」の時、八代将軍吉宗の嫡男家重役・・・この家重も家定同様、うつけではないか?将軍にして大丈夫か?と言われていた人物で、史実でも「言語」の障害があってその言葉を聞き分けられるのは御傍御用取次ぎ、側近中の側近大岡忠光だけだったと伝わっていますが、そんな難しい役を見事に演じておられたのが強く印象に残っています。
現代ドラマでは「信濃のコロンボ」の人情刑事役での人懐こい笑顔が好印象を与えていますが、今回の井伊直弼役の篤姫への人を食った物言いとか、「一橋派」を追い詰める執様さとか、一種の凄みを感じます。

先日、テレビ朝日「大胆MAP」で「幕末維新、偉人有名人の子孫」とかってやってましたけど、「幕末の志士」達は若い頃に命を落としているので大体の子孫の方たちって有名人達の兄弟とかの御子孫なんですね。
一方で維新の元勲となった方たちは嫡孫の方たちが居る。
実際に現代の政治に関わって居られる方々は別として、一般人として市井の中で暮らしておられる方たちは「そっとしといて」って言うのが本音でしょうな〜。だって、先祖は先祖、自分は自分だもんね。
ドラマなどで「悪役」になっちゃってる方の御子孫は特にそうでしょうね。

幕末〜維新史は本来、「どちらが正義で、どちらが悪か」って単純な問題じゃないし、どちらも「自分の信念の元に」行動したのだろうし、結果的に「歴史は勝者が創る」と言う事は何時の時代も何処の世界も同じと言う事で・・・
「本当はあんな人じゃない」ってのが大概の歴史的有名人の御子孫の思いなんじゃないのかな〜と思います。

そう言えば、上野にある西郷隆盛像ですが、その除幕式に出席された西郷さんの奥方が幕を除いた「西郷像」を見たときに「家の人、こげん顔じゃなかです〜。」と言ったとか言わなかったとかって逸話が残っておりますな。

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