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zoom RSS 戦争の遺産・・・

<<   作成日時 : 2008/03/03 21:56   >>

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昨日、私の住む市のすぐお隣の市で第二次大戦中に米軍によって落とされた爆弾の不発弾が自衛隊爆発物処理班の手で処理回収された。

私の住んでいる街から僅か4〜5kmくらいの距離、周辺住民に避難指示が出され、国道も一時的に交通規制が掛かった。
場所は国道脇の住宅地のマンション建設予定地、建設の前に行われる地質調査のための採掘で地下4m程の所に埋まっていた不発弾が発見されたとの事だった。

実は私の住む市と隣接の幾つかの市は荒川を隔てて直ぐ東京に接している為、大戦中はかなりの回数の空襲を受けている。
特に私の住む市は「鋳物」による重鉄鋼業、機械工業が昔から盛んでそれに関連した諸工業も隣接の市で盛んに行われており、とりもなおさず戦時中はそう言った工場は必ずと言って良いほど軍需物資や戦闘機、銃火器、戦車、戦艦、通信機器などの部品を製作していたので、連合軍の格好の攻撃目標だった。

もう直ぐ東京大空襲の日を迎えるが、その日は荒川の東京側は連合軍の絨毯爆撃により真っ赤に染まっていたと言う。
その内の爆撃機数機が私の市にも来襲し、行きがけの駄賃とばかりに爆弾を落として行ったらしい。
工場地帯にはもちろん高射砲台などもあって迎撃したが、相手のB−29爆撃機は日本軍の高射砲の射程を遥かに上回る高度で飛来してくるので殆んどは当たらなかったらしい。が、たまたま一機に命中した時があって、父などは次の日墜落現場を見に行ったら丁度落下傘で逃げ延びたパイロットが憲兵に連行されていく所だったとか・・・

5年程前には私の家から僅か2kmほどのところで不発弾が見つかり、やはり自衛隊の手で処理回収された。

こう言った先の大戦での負の遺産・・・まだまだあるのかもしれないし、こういった話を聴くにつれまだ戦争は本当の意味では終わっていないのだな・・・と思う。

ところで、叉海上自衛隊の護衛艦が事故を起こしたらしい。
交通渋滞の激しい都内の道路なら兎も角、海上で(今回はベトナムの港湾内だったらしいが、)しかも前の事故から2週間の経たない間に、しかも先の事件がまだなんら解決を見ていないのに・・・で、ある。

国防の名の下に多額の血税を消費し、国際貢献の名の下に海外にまで派兵し、国益の為と称してインド洋上に護衛艦や給油艦を派遣してまで、そうしてこう言った事故を多発させてまで「世界有数の軍事力」を保有する意味とは一体なんなのだろうと、考えてしまう。

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