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zoom RSS 「時の過ぎゆくままに」〜訃報〜阿久 悠氏

<<   作成日時 : 2007/08/01 22:35   >>

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1970年代から1980年代の前半にかけてジュリーこと沢田研二は歌謡界のスーパースターだった。私が中学生になってから社会人になって2〜3年ごろまで

「時の過ぎ行くままに」「勝手にしやがれ」「TOKIO」「サムライ」などなどのヒット曲を飛ばし、「夜のヒットスタジオ」「ザ、ベストテン」の常連だった。
特に私は「時の過ぎゆくままに」の退廃とした詩とメロディが(この曲は私が中一位の時のヒット曲だ。今思えばませガキだったな〜)好きだった。大人になってからはよくカラオケで歌ったものだ。

その沢田研二さんの一連のヒット曲の作詞家にして歌謡界の重鎮、阿久 悠さんが亡くなられた。享年(70)

このブログに何回目かの訃報記事を叉書かなければならないのが哀しい。

阿久 悠さんと言えば我々40代の人間にとっては中学、高校時代によく見ていた「スター誕生」を抜きには語れない。
日本テレビ系で放送されていたタレントスカウト、オーディション番組の草分け。
森昌子、山口百恵、桜田淳子のいわゆる中三トリオを初め、石川さゆり、城みちる、新沼謙二、岩崎宏美らを輩出、’70年代アイドルブームに火をつけた。

萩本欽一さんの軽妙な司会と素人でもスターになれる可能性とで大人気番組となる。
阿久悠さんはその「スター誕生」で審査員を勤めておられ、強面のルックスと辛口の審査で強い印象を残した。時には見ているこちらでも「素人相手に何も其処まで」と思うほど辛辣な審査だったが、確かに「のど自慢」のように「参加する事に意義がある」と言った番組ではない。「プロを養成する」番組だったのだから仕方ない。
(私の中学の同級生の女の子で3回くらい応募した子がいる。確かに素人の中学生にしては歌の上手な子だったが、全て落選だった。やはり歌だけでは・・・あと略)

この頃にデビューし、現在まで現役で居られる方たちが多くこの番組の出身者だったりするところを見ると(歌手から女優、俳優、タレントに転向された方たちもいるが・・・)「スター誕生」の存在意義は確かにあった。と言う事だろう。

阿久さんの作詞になるヒット曲は沢田さんばかりではない。
演歌の大ヒット曲「北の宿から」(都はるみ)、「ペッパー警部」を初めとするピンクレディの一連のヒット曲、「もしもピアノが弾けたなら」(西田敏行)、宇宙戦艦ヤマト(ささきいさお)
面白いところでは南こうせつさんの伝説の「酔いどれかぐや姫」まで、挙げればきりが無いほど70年代〜90年代のヒットシーンに作詞家「阿久 悠」がいた。
ポップス、演歌、アイドル、フォーク、アニソン、とあらゆるジャンルでヒットを飛ばした、まさにヒットメーカーだった。

私が学生時代、憧れた多くの作詞家(例えば、松本隆さん、山上路夫さん、岩谷時子さん、喜多条忠さん、など)の一人だった。

つい最近のニュースでは、昨日ある掲示板に書かれていた記事で、長山洋子さんの演歌転身15周年の記念シングルとして、作詞 阿久悠、作曲さだまさし と言う異色コンビからなる「悦楽の園」と言うタイトルの曲がリリースされる、と言うのを拝見し、びっくりしていたところだった。
最近は楽曲提供でも話題の多いさださんだが、阿久さんとのコンビとは叉面白い企画だな、と思っていた矢先の訃報だった。

またひとり、日本の歌謡界、音楽界の貴重な存在が失われた。

心よりご冥福をお祈りいたします。

                   〜合掌〜

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