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zoom RSS あの日の朝・・・阪神淡路大震災から12年

<<   作成日時 : 2007/01/17 21:37   >>

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あの日の朝のことは今でもはっきり覚えている。
朝、6時ごろ目を覚まし、いつもと同じようにテレビのスイッチを入れる。チャンネルはNHK,丁度朝のニュースが始っていた。

男性アナウンサーの開口一番は「今日午前5時50分ごろ、関西方面でかなり大きな地震が発生した模様です。」と言うものだった。
まだその時点では「ふ〜ん、大きめの地震ね〜」と言う感じでまだ覚め切れない頭のまま、洗顔を済ました。

しかし、その後刻々と入ってくる情報で、実は今とてつもなく大変な事態が関西方面で起きていることが判った。
出勤の為、家を出る直前、画面がとんでもない被災地の状況を空撮で映し出した。
「これは・・・」言葉にならないほどの衝撃的な映像だった。
ともかく急いで出勤しよう・・・そう思いなおし、すぐさま家を出る。

客先の営業所がかの地にある。安否は?製品の配送は?次々と浮かぶそんな思い・・・
当時の勤務先の従業員の中にも親戚や親類や友人が関西方面にいる方たちがいる。
社員が全員集まった時にはもうその話で持ちきりだった。

結局、通信手段も、物流ルートも関西方面は全てダメだったので、東海以西への出荷と部品のやり取りなどの物流は取りやめ、客先からの指示待ちとなった。
製造ラインはとりあえず通常通りに動かし、私たち営業、管理の者達は幹部以下全員で客先や関西地方の諸情報の収集に努めたが、聴こえてくるのは悲惨な情報ばかりだった。
慌しい一日が終わり、帰宅してみたテレビの映像は生涯忘れられない。

幸いな事に、客先の営業所は僅かな損害で済み、従業員の親類の方たちも無事だった。

あれからもう12年、私は職場を変わり、あの時関わっていた人たちもそれぞれの人生を歩いている。長いようでもあり、早いようでもある。

しかし、直接的に罹災された方がたには、たぶん長くて辛い12年だったんだろうな、と思う。

間接的な経験だが、先の中越地震の際、私の姉の旦那(つまり義兄)が被災地の真っ只中に単身赴任中だった。当日から2日間くらい連絡も取れず心配した。幸いにも怪我一つなかったが、赴任先の工場もアパートも倒壊の恐れがあったので2日間を車の中で過ごし、水も食料も配給の順番待ちで手にしたそうだ。復旧には更に数週間を費やした。

この間も千島列島付近の海底地震で津波騒ぎがあったばかり。
環太平洋上の島国、地震列島日本に住む以上、何処で暮らしていても何時、何処で大地震が起きるとも判らない。特に関東、東海は30年以内には起きるのではないか、と言われるようになって久しい・・・

転ばぬ先の杖・・・”その時”慌てない為の準備には怠りなく・・・と自分に言い聞かせてます。

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