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zoom RSS 私花集〜学生時代の指揮者奮闘?記〜 交響楽

<<   作成日時 : 2006/03/14 22:55   >>

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音楽とは”音を楽しむ”と書く。中学時代からのギター仲間とは文字通り、音楽は勉強の余暇を利用して楽しむものであった。ドラムセットのある友人の家の離れにエレキだのベースだのアコギだのを持ち込んで流行のニューミュージックを演奏したり唄ったりしている時が至福のの時間だった。

元々音楽は嫌いじゃないから、高校の芸術選択も迷わず音楽を選択した。
趣味とは言えバンドをやっていれば簡単なギタースコア位ならそこに書かれている記号の意味(例えば、D・Cダ・カーポやD・Sダルセーニョや<クレッセンド、>デ・クレッシェンドなど)やコード(和音)、3/4、4/4.等の拍子位は授業で出てきても苦にはならなかった。
家でも良くさださんやアリスのレコードを聴きながらバンドスコアを眼で追ったものだ。

しかし、合唱で扱う譜面はそんな簡単なものじゃない。
例えば、女性3部合唱であれば各パート分の譜とピアノの演奏譜が全部書いてある。
曲によっては4/4で始まった曲が途中で5/4になったり、7/4とか12/8ってなあに?みたいに拍子でさえ判らない。(数学じゃないんだから・・・)。あるいは曲の途中でやたら変調やテンポの変更があったりで、指揮をするのにもどう腕を振ったらいいかも判らない位だった。

「特訓」かあ〜、まっ仕方ないなーと思い、次の日いつもより早く音楽室に行くと、もう先生は来ていて、他に部長と副部長が来ていた。
「あれ、もう来てるの?」と私が聞くと、部長が「折り入ってお願いしたい事がある」と言う。
「あ、あの特訓は?」と先生の方に聞くと「先ずは、話が先」と言う。
で、では。と部長の方に居直ると、部長曰く「合唱部の要としてみんなを取りまとめて欲しい」と言出だした。
「おいおい、ちょっと待って、部長、副部長がいるのに、新参者の俺が出しゃばる場面じゃないでしょ」と私が言うと、「そうじゃない!!長年演劇部で男子一人、女子の中を纏めてきた実績を合唱部でも生かして貰いたいの」と言われた。

聞けば、やはり「演劇部」同様、女子ばかりでは中々ひとつに纏まらない。学年の壁、クラスの壁、主義・主張の壁、そんなものが知らず知らず確執を生んでいたのだ。
(ここもそうなのか・・・)傍目にはとてもうまく行っている様な所でも、中に入ればいろいろ問題はあるものなのだ。しかし・・・である。「俺で良いの?俺に出来るの?」と部長や先生に問いかけた。
先生が口を開いた。「とりあえず、私を含めて今まで女子ばかりだったでしょ。でも、あなたが来てくれてから、此処何日か少しづつ変わってきてる。やはり女子ばかりだと中々お互い言いたい事が言えないし、甘えもあって我儘になってくる。一人でも男子が入ってくればそんな我儘通用しなくなるでしょ?。後は、あなたが頑張って指揮してる姿を見せてくれれば、自然と纏まってくると思うの」
部長が後を継いだ「練習でも何でも気がついた事があったらどんどん言って欲しい。私達同姓のものが言うよりずっと効果あると思う。私たちも何とかいい環境を作りたいの」
(そうか、結局そういう役割を俺にやらせようって言う事だったんだ。)私は、あの日先生が私に「指揮をやってみない?」と言った理由が此処にあった事に納得した。

「ともかく、一生懸命指揮を頑張んなきゃね」と私は先生に言った。
3人は「よろしくね。」と笑った。
その日の練習から、「さあ、発声練習,行くよ!!」とか「じゃ、この曲から」とか、みんなへの号令は私の役目になっていた。そうこうして行くうちにだんだんとみんながひとつに溶け込んでくるのを感じていた。

指揮法や腕の振り方は先生に教わりながら、腕の使い方、指揮される側からどう見えるか?等は実際に見てる部員達に意見を求め、帰宅してから家でも練習できるように、実際に唄ってるのをテープにとって貰い、家でそれを聞きながら譜面を見ながら腕の振り方、タイミングの出し方などを練習した。
時にはさださんや谷村さんのレコードを聞きながらその曲の譜面を見て、その曲を自分が指揮しているイメージを浮かべるなどの練習もした。
この頃は音楽=音が苦であった。

こんなにも音楽とは苦しくも大変な事なのか・・・譜面との格闘、ピアノや合唱との格闘、etc
だが、だんだん判ってきた事もある。
指揮、演奏、合唱の3身が一体となった時の其処から生まれる音楽の美しさと表現力のパワーである。
特に3部合唱がピッタリ合ったときの美しいハーモニーは素晴らしいものがある。
逆に3部が合わない時の不協和音たるやただの雑音よりひどく、何度か合唱を止めた事もある。その度に先生を中心にディスカッションを繰り返した。私も意見を言ったし、逆に言われる事もあった。ただ、良い物を作り上げて行きたい。みんなの方向性はそれに向いていた。

卒業コンサートまで3ヶ月、いよいよ曲決めをしなければいけない時期が迫っていた。

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