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zoom RSS 私花集〜学生時代の指揮者奮闘記?〜序

<<   作成日時 : 2006/02/19 23:05   >>

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2月も中盤を過ぎた。もうすぐ春本番である。花粉症の方にはこれから憂鬱な日々が続くわけで春の到来が良いのか悪いのか・・・ともかくこうして季節は巡る。

学生さんたちはもうすぐ3学期末試験、そして最終学年の方達は卒業式が間近だね。

もう何年前になるのだろう。自分の学生時代。もう戻ることの無い輝く日々・・・

始まりは何気ない友人の一言だった。

1973年4月、私は地元の、何処にでもある公立の中学へ入学した。
団塊第2世代の私たちの学年は8クラス350人、学校全体では1000人を超えるマンモス校だった。
当時は戦後すぐに立てられた木造校舎がまだまだ現役で、一年生は全クラスこの木造2階建て校舎で体育館も無く、赤土のグラウンドは風が吹けば砂埃が舞い、雨が降れば3日は使えない、さださんの「木根川橋」の歌詞のように陸上部や野球部やサッカー部等の屋外クラブは皆、スポンジで水を吸い取り、ローラーを転がしてグラウンドを整地しやっと練習と言う按配だった。

私たちの校では唯一「吹奏楽部」だけが専用のプレハブ部室を持っていたが他の部は皆何処か空いている教室や音楽室などを使っていた。「吹奏楽部」は当時市内、県内はもとより関東でもちょっとは名が知れていたのだ。

入学して初めの一週間は学校生活に慣れる為のオリエンテーリングである。
先ず学習科目について、ついで生徒会活動とクラブ活動の説明や紹介がある。
各クラス毎に、部活巡りをしたのだが、やはり「吹奏楽部」は格好良かった。歴史研究会とか囲碁、将棋部は地味だな〜と思ったり、運動部は何処もきつそうだった。
ある部を見学していてふと眼が留まった。部員は今まで見た中では一番少ない4人しかも全部女子、その人たちが今で言うコスプレをしながらなんぞしゃべっている。
ふとその中の部長らしき人が出て来て言った。「演劇部へようこそ!!」
同じクラスの特に男子生徒から笑い声が起こった。中には「オ〜神様」等と明らかにバカにしてる奴もいた。「この部には縁が無いな」と私も思った。

それから2〜3日後、そろそろ何処の部にするか決めなければいけない期日が迫っていた。
「歴研」あたりかな、と思い始めていた時、入学して一番最初に仲良くなった奴が私のところに来て一言言った。「一緒に演劇部に入らない?」

この一言が私の6年間に及ぶ(栄光と挫折)の発端であった。あ〜青春時代!!

この年の11月25日、伝説のフォークデュオ、グレープがデビューした。

                      〜序〜終り

このブログを閲覧頂いている皆様へ

これからあと3回ほど(で、終わります。たぶん)学生時代の思い出を私小説風に時系列に沿って綴って行きます。拙い文章で申し訳ありませんが、私の本当につまらない思い出話にお付き合い頂いたなら、この上も無い幸せです。その時その季節で聴いたさださんの唄への思いも挟んで行きたいと思っております。何卒宜しくお願い致します。

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