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<<   作成日時 : 2005/12/28 23:37   >>

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今年も押し詰まってきた。今日は官公庁の御用納め、民間企業も今日あたりからおやすみのところもあるようだ。私のところは明日仕事納め

年末と言うのに又哀しいニュースで今週も明けた。羽越本線の特急列車脱線事故。
被害に遭われた方々には心よりお見舞い申し上げます。

それに5名もの方の尊い命が失われた。お悔やみ申し上げます。

今年も多くの哀しい事件、事故があったが、最近のニュースでちょっと気になることがある。
それは「性善説」と言う言葉が様々な場面で容易に使われている事だ。

人間が本来持っている性は「善」であるか「悪」であるか。と古代中国の学者達はいろいろと考えたようである。所謂「諸子百家」の時代と「孔孟思想」・・・

「性善説」を口にしている「時の人」達はこの言葉の意味や成り立ちや古代中国の思想家達の事をどれ程に知っているのだろう。
と言っている私も中学、高校で習った事と大人になってから読んだ幾つかの歴史小説程度の知識しかないが、いずれにしても彼らの都合の良い言い訳程度に使われるような程度の低い言葉ではない筈だ。

私が社会に出て初めて仕事に付いたのは自動車部品の品質管理だった。
特に最初のうちは実際の部品の目視、計測機器による検査だった。
その研修の時や実際担当になってからも上司や客先の担当さんに繰り返し言われたことは『「人間は間違いを犯すものだ」と言うことを忘れるな』と言う言葉だった。

どんなに優秀な作業者でも、どんなに優秀な外注先でも、100%なんてあり得ない。
だからこそ二重手間でも、三重手間でも検査を惜しまない。
それがエンドユーザーへのサービスであり、誠意である、と

「性悪説」を取っているのではない。
「善」や「悪」とはその人の置かれた環境やその人の受けた教育や対人関係などで変化する物だと思う。どんなに素晴らしい人でも時として「間違い」は犯すものなのだ。

肝心なのは「間違いを犯してしまった」後の対処法なのだ。
「間違い」を隠蔽するか、他人や町や国のせいに転化するか、正直に自分の「非」を認め心から謝罪し誠意を持って処するか。

あなたならどれを選ぶ?  私なら・・・・

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